85.聖協会
世界王の庭で目を覚ますと、クッションを抱えたナターシャが険しい表情をしていた。簡単な挨拶のあと、ナターシャは不満げに口を開く。
「ハーグレイヴズのやつ、何を考えてるのかしら。神が人間界に顕現するなんて」
ナターシャは以前、ハーグレイヴズ神を嫌いだと言っていた。その嫌いな存在が自由気ままな行動を取っていることに納得がいっていないのだ。
「神だから自由なんだろ。世界王も文句を言える立場ではないし」
ナターシャは重い溜め息を落とす。世界王が看過していることにも不満があるが、愛するがゆえに何も言えないのだろう。
「けど、これでエターナリア王国の平和は守られたようなものね」
「そりゃ神がいるんだからな」
「ハーグレイヴズだけじゃないわ。司祭長フラン、特別な人間キリオ、ハーグレイヴズ神の枢機卿。無敵と言わざるを得ないわ」
人間たちが枢機卿の正体がハーグレイヴズ神であることに気付くことはないが、この国を加護する神が教団に顕現したことで、教団は教団員たちが思っている以上の力を持つことになった。教団の中でそれを知っているのは俺だけだ。
「だが、王宮は教団を放っておかないかもな。ふたりの世界王の寵児、枢機卿……。教団はあまりに強大な力を持ちすぎている」
「聖協会も黙っていないかもしれないわね」
町にある小さな教会、聖協会。国立とは名ばかりの、半端な光属性の集まりだと聞いたことがある。教団に比べると、その勢力は足元にも及ばないと言っても過言ではない。
「なんで教団とは別で教会があるんだ?」
「教団は世界王とハーグレイヴズ神を祀っている。聖協会も神を祀ってはいるけれど、ハーグレイヴズ神の加護は教団に取られているわ。だから、行き場のなくなった光属性の魔法使いたちの寄せ集めの教会なのよ」
教団に入れず行き場を失った光属性の魔法使いたちは、例え勢力が弱い団体だとしても、聖協会に行くしか道はなかった。とは言え、光属性の魔法を活かさずとも生きていく道はあると思うけどな。それでも神に仕えたかったのだろう。
「一応、孤児院の経営は聖協会がやっているわ。フランもそこの出身だったはずよ」
「そうなのか」
「まだ幼い頃の話ね。フランが聖協会に属せば話は変わったでしょうけれど、前任の司祭長がフランを拾ったのよ」
前任の司祭長か。まだ俺が悪役神官の役割を捨てる前、クリスが「前任の司祭長の罪を帳消しにするためにフランが司祭長になった」という旨のことを言っていた。俺の記憶からは綺麗さっぱり消えているが、前任の司祭長は実在する人物なのだ。
「前任の司祭長にとって、フランは都合が良い子どもだったんだろうな」
「逆よ。フランは聖協会にとって都合が良い子どもだったの」
俺は首を傾げた。俺にはもちろん、聖協会の孤児院で暮らしていた頃のことは憶えていない。フランがどういう扱いをされていたか知らないのだ。
「蘇生以外の再生を可能とする治癒者。それが聖協会に属していれば、教団が霞んだかもしれないわ。でも、フランは聖協会に搾取されることになったでしょうね。それこそ、便利な道具としてね」
「確かに、半端な光属性の魔法使いたちの中に特別な治癒者がいれば、それだけで勢力を上げることができるかもしれないな」
「それを掻っ攫ったのが前任の司祭長よ。前任の司祭長の黒い噂は、ほとんど聖協会が流しているわ」
「なるほどな。いろいろ繋がった」
前任の司祭長、そしてフラン司祭長には様々な黒い噂が流れていた。その出処がどこなのかはわからないとマーヤは言っていたが、出処はほとんど聖協会だったのだ。
「聖協会は教団を敵視しているようだけれど、勢力の差がありすぎるの」
「だが、聖協会は腐っても国立だろ?」
「だからって国が聖協会に何か特別な施しをしているというわけではないわ。税金の使い道として金を与えているだけなのよ」
そういった点はどの世界でも同じことか。税金は使わなければ予算を削られる。年度末になると道路工事が増えるのはそのためだと聞いたことがある。それと同じような話なのかもしれない。
「もし教団が孤児院を経営するようになれば、すべての孤児は教団に来ることになるでしょうね。でも、敵に回さないほうがいいわ。向こうも経営が厳しい。何をしでかすかわかったもんじゃないわ」
「敵にはなり得ないんじゃないか? 教団が強すぎる」
「そうね……。向こうも大人しくしていてくれるといいんだけど」
「フラグになるようなことを言わないでくれよ」
「フラグって何よ」
「いや。まあいい。俺に何かあれば、力を貸してくれるだろ?」
あえて挑発的に言った俺に、ナターシャは息をつきながら肩をすくめた。
「あんたのためじゃないわ。世界王陛下のためよ」
かつて人間を愛していた精霊であった街角の女王。いまはどれだけ精霊としての力を残しているかはわからないが、こうして世界王の庭に入ることができた時点で、それなりの力を残していると思われる。きっと充分に俺の助けになってくれることだろう。




