80.世界王の判断
妖精は、静かに目を覚ます。周囲を見渡すと、ただ白いだけで何もない空間が広がっている。
自分は死んだのではなかったか? どうして妖精の姿のまま生きているのか。
いくつもの疑問が頭の中を駆け巡る。その答えを探して辺りを忙しなく見回した。
そして、こう語りかけられるのだ。
「よう、街角の女王。気分はどうだ」
妖精がこちらを振り向くと、澄んだ新緑の瞳が丸く見開かれた。
「あんた……司祭長⁉ ここはどこなの⁉」
「俺の庭だ。言っただろ。俺の庭に来いって」
正確には「世界王の庭」だから「俺の庭」じゃないけどな。無事に街角の女王を招くことができたようでひと安心だ。世界王も広い心で許してくれたらしいな。
「あんたの庭ですって……? というか、なんであんたはそんな姿なの?」
「さあな。世界王の趣味ってところさ」
俺は妖精のそばに腰を下ろし、クッションに寄りかかるイメージで上体を倒した。俺がイメージすると、ちょうどいい形のクッションが出現するようになっている。これも世界王のサービスみたいなもんだな。
「世界王陛下の……?」
「なあ、どうだ、世界王。あんたを愛するあまり狂った女にかける言葉はないのか」
もともと精霊だった街角の女王が悪霊化したのは世界王の責任ではないが、世界王ならその堕天を防げたのではないかと思う。街角の女王は世界王に対する執着という名の愛だけを残していたわけだしな。
ゆらりと空間が揺れる。世界王がそこに居るのだ。
『街角の女王』
その声が聞こえた瞬間、妖精はバッと顔を上げる。それから目にも留まらぬ速さでその場に跪いた。王に対する最上位の礼だ。
「世界王陛下、私は愚かにも、世界王陛下の寵児を害そうとしました。その罪は確かに償います」
また空間が揺れる。世界王には、街角の女王に耳を傾けるつもりがあるのだ。
『我が愛する子よ。お前はどう判断する』
「あんたならそう言うと思ったよ」
世界王は是も非も判断しない。判断できないのだ。是を取れば誰かの味方をし、非を取れば誰かを敵に回す。世界王はすべての世界を統べる王。誰の味方もしない、誰の敵にもならない。そういう王なのだ。
「俺は、この罪は街角の女王だけが背負うものではないと思う。街角の女王は被害者だ。ただ人間のことを想っていただけなのに、その人間のせいで魔物化したんだからな」
「あんた……あたしを庇うの?」
「庇うわけじゃない。世界王の寵児として、正しい判断をしたいだけだ」
誰の味方もしない、誰の敵にもならない世界王。その寵児として、俺も正しい判断をしなければならない。この世界を創り上げたひとりとして。
「なあ、ハーグレイヴズ神。あんたはどう思う?」
「ゲッ、ハーグレイヴズもいるの? あたし、あいつ嫌いなのよ」
先ほどの表情とは打って変わって険しい顔になる妖精に、俺は思わず声を立てて笑った。神を嫌いな精霊もいるんだな。
『ハーグレイヴズはおらん』
「いないって? 消えたわけじゃないだろ?」
『消えてはいない。生まれたのだよ』
「ふうん……?」
よくわからないが、消えていないならよしとしよう。まあ、よほどのことがなければ神が消えるなんてこともないだろうしな。俺の世界の神がそう簡単に消えるとも思えない。きっと何かしら企んでいるんだろう。
「俺の周囲の者たちは、街角の女王を許しはしないだろうな」
「そうでしょうね。特に第二の世界王の寵児なんて、あたしがここであんたと一緒にいると知れば怒り狂うはずだわ」
俺はまた声を立てて笑った。キリオのことをよくわかっている。もしかしたら、俺たちが気付いていなかっただけで、妖精の姿で俺たちのそばまで来ていたのかもしれない。俺たちの隙を狙っていたわけだからな。
「だが、俺は許す。何より、庭が賑やかになるなら大歓迎だ」
「……変わったやつね。だったら、あたしもいつまでも街角の女王じゃないわ」
妖精もようやく跪くのをやめ、上体を倒す。リラックスした姿勢になると、クッションが出現する。もうこの庭に順応したようだ。
「あたしはナターシャ。もとは泉の精霊だったのよ」




