79.秘密
聖堂の片付けを神殿騎士たちに任せると、俺たちはひとまずサロンで休憩を取ることにした。いつも通りエントランスに行こうかと思ったが、司祭たちも使徒たちも落ち着かない様子だったし、サロンに籠ったほうがいいだろう、とクリスが判断した。俺としては部屋に戻ってもよかったんだが、どうやら彼らはまた俺の心配をしているらしい。マーヤが全員分のお茶を持って来て、心配性たちとのささやかなお茶会と洒落込むことになった。マーヤのお茶は落ち着くな。
「まさか、神殿内に侵入を許すとは……」
つくづくとクリスが呟く。これを機に、神殿に結界を張ることも検討したほうがいいのかもしれないな。だが、と俺は口を開く。
「今回はたまたまですよ」
俺はキリオとともに妖精を見つけたことを彼らに話して聞かせた。鈴の音を辿って見つけた弱った妖精に俺とキリオの魔力を注いだこと、その妖精が街角の女王だったと思われること。街角の女王は自分を弱体化させ、侵入する隙を作ったのだ。
「司祭長殿も危険な状態だったのですよ」クリスが重々しく言う。「あれは狂気化の魔法です」
「狂気化……ですか」
「キリオ殿がいなければ、司祭長殿は理性を失って暴れ回るところだったでしょう」
狂気化……つまり、狂人になるってことか。一般的にイメージする狂人は、とにかく力でゴリ押しする性質の存在だよな。
「あんたが暴れ回れば、この神殿は吹き飛んでただろうな。私たちごと」
セオドアは明るく笑っているが、実に笑えないことだ。済んだ話だから笑えるだけであって。実際、俺の能力値で狂気化がかかれば、セオドアの言う通り神殿内にいたすべての者が無事では済まなかっただろう。そのとき、俺を止めるために戦うのは攻略対象たちとキリオ。
あれ……? 実質、断罪イベントを回避した形になってないか……? フランの断罪イベントが狂気化だった可能性はあるな。しかし、暴走する俺を彼らが止められただろうか。神殿騎士団も総動員すればどうかわからないが、俺を止められる人間はいるだろうか。
例えそうだったとしても、彼らと戦わずに済んだのは本当によかった。狂気化で理性を失っていたとしても、彼らを傷付けることはしたくないからな。
「なぜ司祭長様が狂気化の魔法にかかるのですか?」
リーヴが首を傾げる。確かに俺はあらゆる魔法の耐性を持っている。狂気化のような状態異常に関する耐性も持っているはずだ。
「それこそ妖精の話でしょう」ダンが言う。「妖精は司祭長様とキリオ殿の魔力を吸った。司祭長様の魔力に同調するよう魔法を調整したのです」
「ただ厄介なだけの魔物だと思っていましたが、想像の上をいっていましたね」
俺は溜め息を落とした。街角の女王も俺が生み出した存在なんだろうか。国を騒がせるほどの魔物だったが、聖堂程度で済んだのは不幸中の幸いだったかもしれないな。
「いろいろ気になることはあるが……」と、セオドア。「あんたの“庭”というのはなんなんだ?」
そうか、世界王の庭のことはもちろん誰も知らないんだよな。俺が庭に入ることができるのも、この世界を創った原作者だからってことだろうし。そもそもこの世界の人間に世界王の庭を観測できる者はいないかもしれない。
「それは……そうですね。私と、街角の女王だけの秘密、ということで」
街角の女王は招待客だ。他にも俺が招待すれば庭に入れる者もいるかもしれないが、いまのところ、招待客を増やす予定はない。
「なぜ街角の女王なんですか⁉」キリオが不満げに言う。「街角の女王は消滅したんじゃないんですか⁉」
「街角の女王は消滅しましたよ。この世界からは、ね」
俺は嘘は言っていない。この世界から街角の女王は消滅した。ただ、それ以上のことを説明することはできない。世界王の庭は極秘エリアだからな。フランは謎に包まれている、ということで、この意味深な微笑みで誤魔化されておいてくれ。
【誤魔化されていない可能性75%】
(そんなことまでパーセンテージ化するな)
あれ、そういえば……。
「じゃあ、頭の中の人というのは?」
セオドアの疑問に俺も疑問が湧く。キリオは「頭の中の人」と言った。つまり、ナビの存在を観測したのだ。まあでも、俺に含まれる要素を詳細に鑑定すればナビも何かしらの数値に現れるのかもしれない。
「それは――」
「それは司祭長様と僕だけの秘密です!」
ここぞとばかりにキリオの瞳が輝く。握り締めた拳が勝利を告げていた。
「……そういうことで」
ナビについては俺もいまだに解明できているわけじゃないしな。世界王が俺のために用意したシステム。俺でさえそれしか知らないのだ。




