74.誰にも言えない
クリスの転移魔法で神殿に戻ると、門の前でマーヤが待っていた。クリスが出した報せ鳥のうちの一羽はマーヤのもとに届けられたようだ。マーヤはクリスに俺が抱えられているのを見て目を丸くした。
「どうなさったのですか?」
「ちょっとしたアクシデントがあってね……」
そう、あれはちょっとしたアクシデント。街角の女王の罠に嵌められたことによって起きたちょっとしたアクシデントなんだ。
「このまま部屋に連れて行く」クリスが言う。「マーヤは湯浴みの支度をして来てくれ」
「かしこまりました……」
ちょっとしたアクシデントについて、マーヤには言わないほうがいいかもしれない。ダンの魔力供給についても誰にも言っていない。俺がそれを口にすることで脅かされる命があるかもしれないからな。
寝室に入って俺をベッドに横たえると、クリスは申し訳なさそうな、それでいて少し悲しそうな表情で俺の頬を撫でた。
「ゆっくり休んでください」
クリスはそれだけ言って、寝室から出て行く。そんなに罪悪感を持つ必要はないと思うんだが……。あれはクリスの意思であんなことになったわけではないし、そのきっかけを作ったのは俺だからな。俺にはあの方法しかなかった。魅了の魔法を解く魔法がどこかに都合良くあったりしないだろうか。
しかし、大変な目に遭ったことに変わりはない。もし魔法が解けなければ、あのまま……。
いやいや、なに考えてるんだ。俺は悪役神官だ。クリスは攻略対象だし、酷い目に遭ったかもしれない。
くそ……世界王め。どんな趣味してんだ。
控えめなノックが聞こえた。顔を覗かせたマーヤは、心配そうな表情をしている。
「何があったのですか?」
「街角の女王の罠に嵌められたんだ。迷宮の腐敗の原因も街角の女王だろうね」
このことは王宮に報告しないといけないな。もちろん、俺たちに起きたことは伏せて。まあ特段、言う必要もないしな。
「キリオが迷宮を浄化したはずだよ。他のみんなもそのうち戻って来ると思うよ」
「そうですか……。街角の女王はどんな罠を仕掛けてきたんですか?」
「いや、それは……」
マーヤに言ったら、クリスはどうなるかわからない。一番に知られてはいけないのはマーヤだろう。もしかしたらクリスは半殺しにされるかもしれない。ヤンデレチックなキリオより、マーヤのほうが恐ろしい気がした。どちらにせよ、誰にも知られるわけにはいかないな。




