72.冒険者の迷宮
リーヴが魔法を使うと、足が地面から離れるような浮遊感があった。それも一瞬のことで、足はすぐに着地する。視界を覆っていた光が収まり、辺りを見回す。まるで洞窟の中のような光景で、いかにもダンジョンという雰囲気があった。
「ここが冒険者の迷宮ですか?」
「はい」クリスが頷く。「空気中のマナも腐っているので注意してください」
確かに嫌な空気が流れている。マナは酸素と同じように呼吸のたびに体に入ってくる。それが人体にも影響を及ぼすのだろう。前世の世界であれば、酸素ボンベが必要になるような空気なのかもしれない。
「冒険者の迷宮は本来、それほど危険な場所ではありません」と、ダン。「低級の迷宮ですから」
「迷宮と言うからには、魔物が棲んでいるのですよね」
「そうだな」セオドアが言う。「だが、最下位御三家がいるくらいだろ」
聞き慣れない言葉に、俺は首を傾げる。最下位御三家と呼ばれるからには、魔物の中でも等級が低いということだ。だが、なんの魔物がそう呼ばれているのかは知らなかった。
首を傾げたままの俺に、くく、とセオドアが喉の奥で笑った。
「ポケットラット、グリーンウォンバット、ギミックバットが最下位御三家だ。時々、間引きが必要になるほど繁殖力が高いが、個体個体はかなり弱い」
なるほどな。聞いたことのない魔物だが、ネズミ、ウォンバット、コウモリ、といったところだろう。確かに、強い魔物ではなさそうだ。
「最下位御三家ではありますが」ダンが言う。「腐ったマナが充満した中では、多少なりとも狂暴化しているはずです」
「冒険者の迷宮は低級の迷宮ですが」と、クリス。「最下位御三家が狂暴化していることで等級が上がってしまうのです」
「なるほど……。だから速やかな解決が必要になるのですね」
最下位御三家しか生息していないなら、冒険者の迷宮は低級のダンジョンとして何かと便利な場所として使われているはずだ。駆け出しの冒険者がランクアップのために使う迷宮でもあるのかもしれない。例え最下位御三家だとしても、狂暴化すればある程度の危険があるということだ。
「迷宮の腐敗はどうしたら解決できるのですか?」
「腐ったマナの核がどこかにあるはずです」リーヴが言う。「それを破壊するだけでいいんです」
「核は僕が探せます」と、キリオ。「司祭長様はいざというときの回復役として控えていてください」
「わかりました」
迷宮を少し進んだところに、想像していたより大きなネズミが群れを作っていた。茶色い毛並みの、モルモットくらいの大きさのネズミだ。あれがポケットラットなのだろう。
ポケットラットの群れがこちらを観測したとき、威嚇するように鳴き、向かって来た。即座にクリスとリーヴが魔法を放ち、クリスは雷の魔法、リーヴは炎の魔法でポケットラットを次々と倒していく。
(こんな簡単に倒せるのか)
【ポケットラット。小さなネズミの魔物。素早いため、剣戟での討伐は困難。防御力は著しく低く、魔法一発で討伐が可能】
これだけの量がいると、魔法で一掃するのが効率が良いのだろう。間引きが必要になるなら、駆け出しの冒険者が討伐依頼として請け負うこともあるのかもしれない。間引きで小遣い稼ぎもできそうだ。
ポケットラットの群れを越えて行くと、バサバサと大量の羽音が聞こえてきた。通常のコウモリの三倍はあろうかという黒いコウモリが俺たちの行く手を阻んだ。
【ギミックバット。尾を斬り落としてから体を斬らないと撃退することができません】
剣を手にしたセオドアとダンが、息を合わせて尾と胴体を順番に斬っていく。尾を先に倒すという手間はあるが、決して苦戦するような相手ではない。狂暴化していたとしても、彼らの脅威とはなり得ないようだ。
次に姿を現したのは、緑色の毛並みのウォンバットだった。毛が緑色という点を除けば、普通のウォンバットに見える。
【グリーンウォンバット。特筆すべき特徴はありません】
やっぱりただのウォンバットのようだ。だからだろうか。クリスとリーヴが魔法で、セオドアとダンが剣で討伐するのを見ていると、なんだかグリーンウォンバットが可哀想な気がしてしまった。
ここまでの戦いを見るに、俺の出番はなさそうだ。彼らにとって、俺の回復魔法が必要になるような脅威ではないようだ。




