71.司祭長の評価
冒険というものはどういった準備をすればいいだろうか。とりあえずこの服を着替える。そのあとは?
俺がそう考えていると、マーヤは目敏くそれを感じ取ったようだ。部屋のクローゼットから別の服を取り出し、俺に着替えを促す。それから、剣とポーチを取り出した。俺の部屋にこんな物があったなんて知らなかった。剣と言っても、本格的な戦いでは役に立たない護身用のものだ。
「腐敗した迷宮の攻略要請はよく来るものなの?」
「たまにあります。腐敗した迷宮の攻略には、聖なる力が必要になります。そのため、司祭に要請が来るのです。いつもは他の司祭が向かうのですが……」
マーヤが言いたいことがわかり、ああ、と俺は短い声をもらす。
「記憶を失う前の私は、その要請に従わなかったんだね」
「はい。ですが、そもそもフラン様が向かうには危険なんです。フラン様は教団にとって大事なお方ですから」
もしこの要請に応じることで俺が負傷したり、ともすれば命を失うなんてことがあったりすれば、教団にとっては大打撃となることだろう。もし他の司祭で対応できるなら、司祭長が出て行く必要はないのだ。だが、フランが要請に従わなかったのはそればかりではない気がするが。
「どうも私は暗い噂が流れている割に、教団員から慕われているね」
「フラン様は確かに不遜なところもありました。だから噂が流れたのです」
リュクスやブロークの件でも、本来の悪役神官であるフランなら自ら出向くこともなかっただろう。この事実と教団員の評価との乖離はなんなんだろうか。それも、世界王の補正なのだろうか。世界王は俺を破滅させないよう、様々なことに調整をかけている。例え暗い噂が流れていようとも、司祭長である俺が教団員から白い目で見られるようなことがあってはならないのだ。
「でも、教団員はフラン様が民のために尽力していることを知っています。だからフラン様が教団員から慕われることに不思議はないですよ」
しかし、どうにも違和感がある。司祭長フランは、リュクスやブロークに自ら赴くようなことはなく、迷宮の攻略要請に応えることもなかった。なのに、教団員は俺を「民のために尽力する司祭長」と評価している。世界王の補正が入っているのだとしたら「以前の司祭長は」という話は出ないのではないだろうか。よくわからんが。
エントランスでは、すでにキリオと攻略対象たちが待っていた。全員、冒険のための準備が整っているらしい。今回はマーヤは同行しない。つまり俺は攻略対象から一秒たりとも離れてはならないのだ。
「司祭長様」
キリオがさっそく俺の両手を自分の両手で包み込んだ。その瞳には輝きを灯しているが、どこか案ずる色を湛えている。
「司祭長様は僕たちから離れないようにしてください。迷宮の腐敗は危険なものです」
「大丈夫ですよ。自分の無力さは自覚しています」
俺のステータスは魔力値がずば抜けているが、その代わり、他の能力値がだいぶ低い。完全魔法型で、戦闘向きの能力はない。持っている魔法と技巧も「威圧」から進化した「神官の品位」の他には回復系のものしかないのだ。「神官の品位」も攻撃系ではないしな。
「僕の光魔法にもっと力があれば、司祭長をお守りできたんでしょうが……」
確かにキリオの光魔法は俺を守れるほど戦えるだけの能力はない。キリオももともとは回復魔法を持っている特性で、それが世界王に消されたせいで、現時点は特筆すべき点はない微妙な能力値になってしまっている。だからと言って役立たずというわけでもなく、仲間を補助する魔法はいくつか持っている。あとはそれを磨いていけばサポーターとして満足に動けるようになるだろう。
「自分を卑下する必要はありません。キリオは第二の世界王の寵児なのですから」
「ありがとうございます……」
キリオにとって、第二の世界王の寵児という肩書きは重荷なのかもしれない。それに見合うだけの能力は、いまは持っていない。だが、これから鍛錬を積むことで充分な能力値を身に付けることができるはずだ。
「では転移魔法をかけます」リーヴが言う。「魔法陣から外れないようにしてください」
おお、リーヴもそういった魔法を使えるのか。攻略対象であるからして、それなりの能力値は持っているはずだ。いずれリーヴも詳しく鑑定する必要があるな。




