66.強制力
次に目を覚ましたのは世界王の庭だった。俺は大きく溜め息を落とし、伸びをする。この場では体は軽いが、現実の俺はどうなっているだろうか。それを想像すると、また溜め息が漏れた。
「くそ……やられた。またキリオが狙われるなんておかしいと思ったんだ」
それは俺の判断ミスだったわけだが、警戒心が薄すぎたようだ。だから攻略対象たちに「無防備すぎる」と言われるんだよな。
「おい、世界王。あんたの寵愛とやらは実戦において役に立たないみたいだぜ」
『なんだかおかしいわ』
沈黙を貫く世界王の代わりに聞こえたのは、ハーグレイヴズ神の声だった。
『キリオを差し置いて司祭長を狙うなんて……』
「俺の世界は物語通りにはいかない。むしろ、狙われたのが俺でよかったよ」
『そうかしら』
「キリオに教壇に来たばかりであんな辛い思いをさせずに済んだからな」
ステータス上では俺のほうが魔力値は高いが、キリオの能力値でも魔力封じはきっと辛い状況になっただろう。俺が魔力回路を修復してやることもできただろうが、辛い思いなんてしないで済むならそれに越したことがないからな。
そう考えていると、ふふ、とハーグレイヴズ神が笑った。
『あなたのそういうところを私たちは愛しているのよ』
「それはどうも。おい、世界王。何か言い訳したらどうなんだ」
ハーグレイヴズ神の声は頭上から聞こえる。だから俺は頭上に向かって話しかける。世界王が実際、どこにいるかは知らないがな。
空間が揺れる感覚があった。世界王が俺の声に応えようとしているのだ。
『我が愛する子よ。そなたは賢い。この世界の歪みに気付く日も遠くない』
「世界の歪みだって? もしかして、キリオがヤンデレチックになってるところか?」
この世界でおかしな点と言えばそこしかない。もしくは、俺が悪役神官でなくなったこと。それがこの世界を歪ませているのだろうか。
『この世界は不安定な地点を漂っている』
世界王はそう続けた。この俺が創り出した世界は、ひとつの世界として存在している。地点と言うと、それぞれの世界は惑星のようなものということだろうか。
『世界王があなたの魂を無理やり持って来たからよ』ハーグレイヴズ神が言う。『本来、世界を創造するには神の力が必要になる。その世界を維持することにもね。この世界において、あなたが神に等しい。けれど、あなたは神ではない。その乖離がこの世界を不安定にする……』
確かに俺はただの原作者であって、神ではない。ただひとりの人間としてこの世界に暮らしている。悪役神官の役割を捨てて。俺が物語通りの人間でなくなったことが、この世界にとっておかしなことなのだろうか。
『あなたの元居た世界では、異世界転生には“強制力”が存在するのでしょう? きっとこの世界でもその“強制力”がどこかで働いていて、それが不安定な世界を揺るがしているのよ』
「強制力、ね……。まるで俺の創った世界が意思を持っているみたいだ」
ハーグレイヴズ神の言う通り、異世界転生ものには必ず「強制力」という言葉が付いて回る。世界を物語通りにしようとする力だ。この世界に強制力が存在し、正常に機能しようとするなら、俺は物語通り悪役神官になり、キリオは俺ではなく攻略対象たちに愛を向けるようになる。俺の日常が壊されるのだ。
『どこかに存在しているのだろう』世界王が言う。『自らこの世界の神だと称する者が』
「その神様をとっ捕まえないと、俺たちは平和に暮らせないってことか」
俺はこの世界の日常を壊したくない。もし強制力が正常に機能しようとしているなら、俺はそれを止めなければならない。永久に平和であるべき俺の世界を。
「まあいい。この世界は俺の世界だ。俺だけが幸せになればいいってもんじゃない」
俺は、この世界に暮らす人々が不幸になる姿は見たくない。自分が不幸になることを防いで他人が不幸になるくらいなら、俺は幸せになれなくなったっていい。だからこそ、強制力に負けるわけにはいかないんだ。
「じゃ、世界王。完全に魔力回路を修復した状態でフランを目覚めさせてくれよな。それくらいなら簡単だろ?」
空間が揺れる。了解ということだ。俺は世界王に導かれてこの世界に来て、寵愛も授けられている。これくらいの望みなら、簡単に叶えてほしいものだ。




