65.魔力供給
(くそ……こういうことかよ……)
俺は自分の胸元に手を当て、解呪の魔法をかける。だが魔法は発動せず、俺は上手く息を吸うことができない。セオドアは「魔力封じ」と言っていた。その名の通り、俺の体の中で魔力が遮断されているのだろう。魔法が発動しないのはそのせいなのだ。
(ナビ、強制休息に入ってくれ)
まるで壊れたラジオのような雑音を発するだけで、ナビは応えない。魔力封じによってナビも機能しなくなっているのだ。
ダンがそばに来て、俺の胸元に手を当てる。魔力が流れ込んで来るのを感じるが、それは効果がないようだった。ダンは苦々しい顔をして、再び窓の外を覗く。おそらく、キリオを探しているのだ。キリオの魔法なら、この状況を打破できるのだろう。だが、キリオは神殿騎士団の援護に回っている。近くにはいないはずだ。
ダンは俺のもとに戻って来ると、何か考え込むように俺を見つめる。それから、小さく息をついた。
「緊急時の無礼講ということで、お許しいただきたい」
ダンは硬い顔でそう言うと、俺に覆い被さり、突然、唇を重ねた。驚いて動きが固まった俺は、魔力封じでまともに動くことができず、口内に侵入した熱い舌を受け入れざるを得なかった。逃げようとした俺の後頭部に手を添え、ダンは深い口付けを俺にもたらした。それと同時に、全身に休息に魔力が行き渡るのを感じた。それに合わせるようにして、性的快感と似た感覚が背筋を走る。このままではまずい。そう思うのに、後頭部に添えられた手は俺を逃がしてはくれない。そうしているうちに、俺は自分の魔力回路がこじ開けられるのがわかった。それはダンにも伝わったようで、ダンはようやく俺を解放した。魔力が全身に広がるのを感じながら、俺は呼吸を整えようと短い呼吸を繰り返す。そのあいだ、俺の体には痺れるような感覚が残っていた。
「司祭長様!」
切羽詰まった声に視線を向けると、キリオが俺のもとに駆け寄って来る。その後ろにクリスの姿もあった。セオドアが探して来てくれたのだろう。
キリオは俺のそばに膝を折り、俺の胸元に手を当てる。先ほどのダンの無理やりな魔力供給とは違い、温かい魔力がゆっくりと全身に行き渡るのを感じた。
「魔力封じは解けているようですが」キリオが言う。「随分と乱暴にこじ開けたみたいですね」
それがどういった方法であるか、キリオは知っているのだろうか。もし知らなかったとしたら、それを聞けば激怒するかもしれない。ヤンデレを発揮して、ダンを殺そうとする可能性だってある。きっとダンの行動は他言しないほうがいいだろう。
キリオの魔力が俺の中を優しく滑っていくと、耳の奥で雑音が鳴った。
【魔力供給が完了しました。魔力回路の安定化を持続します】
どうやら魔力封じが解除されて、ナビも通常の機能を取り戻したらしい。あとはナビに任せておけばいい。
「これでひとまずは大丈夫です。あとは魔力を使わず、安静にしていれば安定するはずです」
「団長は司祭長殿を連れて神殿に戻ってください」クリスが言う。「こちらはもうすぐ片付きそうです。やつらはセオドア様の怒りを買ってしまった」
俺は思考を巡らせる。街を蹂躙するのは魔物だが、あの少女に化けたものは魔物の気配を感じなかった。おそらく、すでにどこかに逃げているだろう。セオドアは、あの魔物の中から俺の魔力封じの犯人を捜しているのだ。
俺は民の援護を司祭たちに任せ、ダンの馬に乗って神殿に戻ることになった。
あの少女は何者だったのだろうか。魔物であったことに変わりはないのだろうが、その正体は計り知れない。ハーグレイヴズ神がキリオに降ろした神託は、俺の危機を報せるものだった。ハーグレイヴズ神はあの少女の正体に気付いているのだろうか。
そう考えていると、次第に瞼が重くなってきた。魔力封じは解呪されたが、体が万全の状態に戻るまでまだ時間がかかるのだろう。
【生命維持のため、強制休息に入ります。魔力回路の安定化を持続します】
ナビの機械的な声を最後に、俺の意識は途絶えた。




