64.司祭長を狙う者
南門に到達するより早く、魔物たちが跋扈しているのが見えた。侵入者はダンが観測した通り、魔物だったのだ。王都の自警団の者たちが民を避難させている。だが、魔物の討伐は自警団には荷が重すぎる。
「神殿騎士団は魔物の討伐を! 司祭たちは怪我人の救護に回ってください!」
短く返事をして、騎士たちは魔物のもとへ向かって行く。傷付いて動けなくなった民が建物の陰に身を潜めているのが見えた。きっと重傷を負った者もいるはずだ。
俺はクリスの馬に乗るキリオを振り向いた。
「キリオ、きみは神殿騎士団の援護に回ってください。魔法の使い方はハーグレイヴズ神が教えてくれるでしょう」
「はい、司祭長様!」
ダンは馬を止め、ひょいと俺を担いで着地する。俺は最初に目に入った民のもとへ向かった。建物の陰に隠れており、幼い少女が血塗れの男性のそばで泣いている。男性は腹を抉られ、まるで血の海に浮かんでいるようだった。
俺はさっそく回復に取り掛かった。人間の襲撃が夜間に行われるのは当然のことだが、魔物まで民が眠っている時間を狙っている。それが違和感として俺の中に生まれた。魔物たちに、民が寝静まっているあいだに王都を攻める、などという高度な知能が備わっているとは思えない。やはり、この襲撃は手引きした者がいるのだ。
司祭たちが各所で民の救護に回っている。だが、重傷者は俺じゃないと癒せない。急がないと重傷者の命の灯が消えてしまう。
(他の司祭たちの能力値をもっと伸ばせないか……?)
【能力値を伸ばすには契約が必要となります。契りでは能力値の向上は不可能です】
俺の契約者の座は誰にも渡していない。司祭たちの能力値を伸ばすために何人も契約するわけにはいかない。つまり、それ以外の方法を考えるしかないのだ。
「司祭長……様……」
男性が息も絶え絶えに口を開く。少しずつ傷が塞がっているようだ。
「無理に話さないでください」
「に、逃げて……ください……。司祭長、様を……狙うやつが、います……」
俺の頭の中に、キリオの言っていたことが思い浮かぶ。ハーグレイヴズ神は俺に危機が迫っていると言っている。それが実際に形となって表れているらしい。
「それは自分でどうにかします。とにかく、いまは喋らないでください」
「……、……」
男性はまだ何か言いたそうにしていたが、喋る力が尽きたらしい。傷が完全に塞がるまで、不要な労力は避けてもらわなければならない。
(ナビ、俺を狙う者はどこにいる?)
俺の問いに、ナビが雑音を放った。先ほどまで流暢に喋っていたのに、まるで何かに電波を妨害されているような音。それが何によるものなのか、治癒魔法を働かせているいまは探知することができない。
男性の傷がある程度ふさがると、俺は近くにいるズィールを呼んだ。男性の生命は保証された。あとは傷を完全にふさぐだけでいい。
俺は次に、腕を斬られて倒れる少女のもとへ向かった。少女のもとには誰もおらず、腕は少女から少し離れたところに転がっている。俺は急いで少女の腕を回収し、少女の回復に取り掛かった。
「……司祭長様……」
少女は弱々しく呟くと、俺の胸元に手を添えた。その瞬間、俺は突如として体にかかった負荷に息が止まりそうになった。
「あなたって、とってもお人好しなのね」
少女がそう言うのと同時に、まるで接着剤を喉に流されたように息ができなくなる。少女から体を離すのが精一杯で、体が重力に抗えなくなる。少女からなんらかの攻撃を受けたことだけは確かだった。
「団長!」
遠くない場所からセオドアの声が聞こえた。
「司祭長を保護しろ! 魔力封じだ!」
なるほど、セオドアは俺と契りを結んでいるから、俺の魔力回路の異常に気付いたのだ。頭の中だけは妙に冷静だったが、体に力が入らない。身動きの取れない俺を、ダンが俺を肩に担ぎ上げた。そのまま近くの民家に足を踏み入れる。家の中で魔物の襲来に怯えていた民が怯える視線で俺たちを見た。
「すまないが二階を借りる」
ダンは短くそう言い、返事も聞かないまま二階に上がった。寝室らしい部屋のベッドに俺を横たえ、窓から外を見遣る。俺は正常に呼吸ができず、冷や汗が全身から噴き出していた。




