第1章 忘却【6】
さて、どうしたものか、と俺はまた腕を組む。それから、自分がまだ寝間着のままだとようやく気が付いた。鏡台を見ると、畳まれた服が置かれている。おそらく俺の服だろう。
……ん? なんか、この服、おかしくないか?
襟のボタンを留めたところで鏡を覗き込む。なんと、肩が出ている。そもそも、インナーを着た辺りでおかしいと気付かなければならなかったんだ。
首元はしっかりとした襟だが、鎖骨が覗くほどのノースリーブ。黒のインナーも肩の部分だけが切り取られている。襟から下は足元までストンと落ちるデザインで、チャイナ服のように腰から足元にかけて隙間が空いている。ベルトを巻く仕様のようだ。ズボンは足首で絞られていて、靴は黒い……なんて言うんだっけ、こういう靴。パンプス? だったかな。なんかそういう感じの靴だ。靴下はないようだが、靴は肌触りが良い。
……なんでこんなに色気のある服なんだ。フランは男だろ? というか、神官だろ? 神に仕える者がなんでこんな色っぽい服なんだよ。どうしたんだ、これを書いていた俺!
【それはこの世界の司祭の制服です】
「司祭の制服⁉ こんなエロいのが⁉」
とは言え、装飾は派手過ぎず質素過ぎず、緻密なデザインだと思う。俺の想像力で描いたとは思えないほど精巧で、これは何かしらの補正が入っているに違いない。
【世界王の補正が入っています】
「世界王……あんたとは話が合いそうだな……」
【ちなみに外套もあります】
ナビの言葉に視線を巡らせると、ハンガーに上着らしきものが掛けられている。確かに、この美しい肩が丸出しなのはあまりにあまりだ。男とは思えないほど華奢な体で、誰かの性癖にぶっ刺さること間違いなしの肩だからな。
「……なんで外套を着ても肩が出るんだよ……」
ナビが「外套」と言った上着はジャケットのようだが、襟が大きく開いている。どう頑張っても肩に掛かることはなく、前のボタンを閉じると肩が出る驚きの仕様になっている。
「司祭は外に出るときもこの服なのか?」
【対外の際には全身を覆う肩掛けを使用します。その制服は神殿のみの物です】
「だよな……。こんな格好でこんな美形が出歩いてちゃ、どこで間違いが起きたっておかしくないぞ……」
司祭長がこんなにエロ……色っぽい服を着ているのだから、きっと他の司祭も肩やら腕やらが露出した制服を着ているのだろうことは想像に易い。世界王の補正が入っているにしても、俺にこんな趣味があっただろうか。まあ、あったんだろうな。憶えてないが。
俺が自分の趣味趣向を疑っていたとき、コンコンコン、と軽快なノックが響いた。どうぞ、と反射的に応えると、先ほどの侍女がワゴンを押して入って来る。
「失礼いたします、フラン様。朝食をお持ちしました」
「ああ、ありがとう、マーヤ」
そう口走った俺に、俺も、侍女もぴたりと動きが止まる。
マーヤ……確かにこの侍女の名はマーヤだ。だが、なぜ……。
「フラン様……記憶を失われたのではなかったのですか……?」
まずい。記憶を失ったふりをしていたのがふとした瞬間にバレたみたいな空気になっている。
「どうしてだろうね。急にきみの名が浮かんだんだ」
とりあえず物憂いげな顔をしてみる。どうやらこの司祭長様は演技力が相当なものらしい。そして侍女――マーヤは司祭長様を疑うことはないらしい。
「不思議ですね……。消えた記憶は一部だけ、ということでしょうか……」
「どうだろうね。いまの私には、なんとも。このことは旦那様とクリス殿には内密にしてほしいのだけれど」
「はい、もちろんです。旦那様がお知りになったらやっか……」
ごほんごほん、とマーヤが咳払いをする。いま「厄介」と言いかけたか?
「まだ何か憶えていらっしゃることがあるかもしれませんね」
マーヤは誤魔化すように満面の笑みを浮かべる。ここは誤魔化されておくか。
「そうだね……。私がこの部屋以外に行けるところは?」
「二階の書籍室なら行けるかもしれません。お望みでしたら、私がお連れします」
「そう。じゃあ頼むよ」
「はい。とりあえず、朝食をどうぞ」
マーヤは窓際のテーブルに食事を並べてくれる。さすが貴族の料理。朝食だと言うのに豪華だ。パンにスープにサラダに、食後のお茶……。俺の前世での朝食と言えば、せいぜい目玉焼きを作るのが良いところだった。なんとも侘しい記憶だな。




