59.不要な争い
「……あの……」
おずおずとキリオが軽く手を挙げる。俺があまりにステータスボードを凝視していたせいか、不安そうな表情をしていた。
「何か……僕の能力値に問題があるのですか……?」
「いえ、そんなことはありません」
俺は営業スマイルで応える。この三人にキリオに治癒魔法がないことに疑問を持っている様子はなく、ただ鑑定の結果としてステータスボードを見ただけなのだ。
もし世界王の匙加減でキリオの治癒魔法が消滅したなら、この世界にとって損失なんじゃないか? 本来の物語では、キリオはリュクスの襲撃で能力を開花させる。もしかしたら、まだ覚醒していないだけなのかもしれない。
【キリオの治癒魔法の消滅は世界王の思し召しです】
ナビが機械的に言う。やっぱり世界王の修正が入っているんだ。俺が考えた通り、フランとキャラが被るから、なんだろうか。
(まさかそんな理由じゃないだろうな?)
【概ねご想像通りです】
俺は世界王に呆れざるを得なかった。物語においてキャラクターの差別化を図るのは当然のことだが、この世界にはふたりの治癒者がいなければ設定が保たれない。まあいまの俺には現実世界であるからして、設定なんてものはないのだが。
【キリオの光魔法、フラン様の治癒魔法があれば、この国の平和は保たれます】
(だとしても、主人公の能力を改竄するなんて、やりすぎじゃないか?)
【それが世界王のお望みです】
なんて強欲な王様だ。フラン推しにも程があるだろ。まさかここまでするとは思わなかった。キリオの主人公としての力が、世界王の好みだけで半分、封印されたのだ。だが、それでもキリオは「聖君」に間違いない。この国において特別な存在に変わりないのだ。
「聖君が誕生したことで、この国に平和がもたらされたようなものですね」
「では、僕との契約を考えてくださいますか⁉」
キリオがずいと身を乗り出す。こちらもなかなかに強情だな。
「それについては諦めてください。私は誰とも契約しないのです」
「ですが……」
「ズィール、私とキリオ殿が契約すること、どう思いますか?」
黙って俺の様子を見ていたズィールに問いかけると、若くも優秀な司祭は真っ直ぐに俺を見つめた。
「世界王の寵児同士の契約は、大きな力を生むこととなるでしょう。ですが、教団が王宮に匹敵するほどの勢力を持つことになってしまいます」
キリオはまた不安そうな表情になってズィールを見遣る。それが教団にとって良くないことであるのはわかるのだろう。
「万がいち王宮と教団が対立すれば、ハーグレイヴズ神のご意思に背いて争いが起きることもあるかもしれません」
「そんなことがあり得るのですか?」キリオは目を丸くする。「ハーグレイヴズ神は争いを好まないのに……?」
「争いというものはどこでも起こり得るのです」俺は言った。「王宮は教団を看過できなくなるかもしれません。私が誰とも契約しない理由のひとつがそれです」
俺が思っていた以上に教団は規模が大きい。騎士団を有しており、聖属性の魔法使いもこれだけ揃っている。例え話でしかないが、王宮と対立することになったとき、教団には充分な戦力がある。いまは教団の勢力が王宮に匹敵しないことで関与されないだけで、もし王宮と同等、またはそれ以上の勢力を持てば、王宮が潰しにかかって来る可能性もあるのだ。
「教団は民の信仰が厚いと聞きました」リーヴが言う。「それでも王宮が教団を糾弾することがあり得るのですか?」
「信仰が厚いからこそ、ですよ。王宮は教団を恐れることになります。それが争いの種になる可能性もあります。私はなんとしてもそれを避けたいのです」
エターナリア王国は永久に平和であるべきだ。だからこそ、この潤沢な魔力を総出力して民を救い、争いの種を排除した。そんな国で内紛を起こすわけにはいかない。そのためには、王宮と教団の均衡を守る必要がある。司祭長として、俺は不要な争いを避けなければならないのだ。
「キリオ殿はご自身だけでも充分な力を持っています。それを教団の役に立ててください」
「……わかりました。司祭長様のお力になれるよう頑張ります!」
またキリオの瞳が輝く。いや、と俺は苦笑いを浮かべた。
「私のためではなく……」
ダメだ、キリオの耳にはもう俺の声は届かないらしい。キリオは教団に対する信仰が厚いわけではなく、ただ俺に夢中になっているのだ。この熱い視線は他に向ける人がいるはずなのだが、そうなっては俺が破滅する可能性もある。いまは好きなだけ目を輝かせてもらおう。




