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記憶を失くした悪役神官は総溺愛に気付かない  作者: 瀬那つくてん(加賀谷イコ)


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58.世界王の匙加減

 エントランスでマーヤの淹れた紅茶を飲みながら技巧(スキル)を使って本を読みつつ教団員の観察をする日常に戻って来ると、妙に落ち着くものがあった。

 この世界に来てから波乱万丈だ。だが、自分の力を民のために役立てることができたのはよかった。リュクスとブロークの民からは感謝の意を伝える手紙が届いた。ほとんどが子どもが書いたもののようで、拙い字ながらも心のこもった手紙だった。

「よう、司祭長。ごきげんよう」

 俺の手がぴたりと止まる。顔を上げると、予想通りセオドアが歩み寄って来る。そういえば、エドワードの姿がない。神殿内にいれば護衛は必要ないのだが。

「ごきげんよう、セオドア様」

「いま第二の世界王の寵児殿は何をしているんだ?」

「能力値の鑑定を行っています」

 さっと目を逸らしてしまった。昨日のことを考えると少し気まずい。が、どうやらそう思っているのは俺だけのようだった。セオドアはいつも通りに飄々としている。

「司祭長殿、ごきげ……どうかなさったのですか?」

 セオドアのあとから来たクリスは、俺が微妙な顔をしているのがわかったのだろう。

「いえ、なんでもありません。何もありません」

 慌てて否定したが、俺は前世から「嘘が本当に下手だね」とよく言われていたことを思い出した。そんなどうでもいい記憶を取り戻すのは簡単なのにな。ふと顔を上げると、クリスは怪訝な視線をセオドアに向けている。セオドアを疑っているようだった。俺に負けず劣らず、いろんな噂が流れているからな。

「ところで」俺は誤魔化すように言った。「今日は仕事はいいのですか?」

「私はコーレインの仕事の手伝いをしていました」と、クリス。「コーレインが糾弾されたあと、その仕事は他の使徒がやることになりました。必然的に私の仕事がなくなったのです。ですから、司祭長殿の補佐をすることになります」

「補佐、ですか……」

 つまり、神殿でクリスのやる仕事は完全になくなったということだ。それもそうだ。クリスは教団員ではない。教団の仕事は教団員の仕事なのだ。

「と言っても、私にもやることはないのですが……。私の仕事は他の司祭たちがやってくれていますし、私はまだ記憶が戻っていませんから」

 つまり、俺も暇人なのだ。俺のところに来ても、分け与える仕事はない。教団員からいくつか任せてもらえばいいのだろうが、その点において、俺に主導権はないのだ。

「なぜ記憶は戻らないのでしょう」マーヤが言う。「これだけ活躍していらっしゃるというのに……」

 確かに、俺は魔法や技巧(スキル)に頼って生きている。それはこの身体に染みついたものだから使えるのであって、記憶はあまり関係ないのだ。

 だが、これはきっと世界王の匙加減だ。世界王は、俺が記憶を取り戻さないほうが都合が良いんだ。それがどんなことなのかはわからないのだが。

「司祭長様」

 考え込みそうになった俺は、サランが呼ぶ声で意識を現在に戻す。

「キリオ殿の鑑定が終わりました。聖堂へどうぞ」

「わかりました」

 キリオの能力値の鑑定は中位司祭のズィールに任せてある。本当は俺が魔法で鑑定したほうが正確らしいのだが、俺には鑑定魔法の使い方がよくわからなかった。だからズィールが鑑定用の魔道具を使って鑑定することになっている。その結果が出たようだ。



 聖堂には、教壇脇の奥に狭い小部屋がある。主に鑑定に使われる場所で、雑念が入らないようにすることで正確な鑑定結果を導き出すのだ。

 サランは小部屋のドアをノックして去って行った。小部屋から出て来たズィールのあとにキリオとリーヴが続く。ズィールは手にしていた木の板を俺に差し出した。鑑定の水晶を使って出力するステータスボードだ。

「キリオ殿の能力値を見る限り」ズィールが言う。「この国において聖君と呼ばれるに相応しいでしょう」

 ……いや、おかしい。キリオは平民なのに光属性の魔法を持つ特殊な体質だ。魔力値がずば抜けて高く、完全魔法型人間。だが、治癒魔法がない。聖属性だけでなく、光属性の魔法使いでも治癒魔法を持つ者はいる。何より、キリオは特別な魔力を持つ光属性の魔法使い。治癒魔法を持っていなければ、この国を守るための戦いで攻略対象たちが傷付いたときに回復してやれない。それで聖君と呼べるだろうか。

「すべての能力を鑑定したのですか?」

「はい」ズィールは首を傾げる。「隅々まで鑑定しました」

 つまり、これも世界王の匙加減だ。キリオも治癒魔法を持っていれば、(フラン)と設定が被る。本来なら被っているはずなのだが、世界王はどこまでも俺に都合の良い世界にしているらしい。確かに、俺とキリオのどちらの治癒魔法を消去するかと言えば、俺の蘇生以外の再生を可能にする治癒魔法のほうが利点があるだろう。何より、キリオがそれと同等の治癒魔法を持っていれば、俺の価値や存在感が薄くなる。俺に噂を払拭するほど活躍させるために、世界王はキリオの治癒魔法を消したのだ。

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