55.夜の訪問者
マーヤが下がって行くと、いつも通り、ベッドに横になり、抱き枕を抱く。一日のすべての疲労を吸い込まんと俺を抱き締める布団は最高級の香りを漂わせ……。
さて、困ったね。
この世界に来てから何度、困った状況になっただろうか。
ついに主人公が現れた。俺の目の前に。いずれ来るだろうとは思っていたが、実際に現れてみると……いや、なんだ、あの熱烈な視線は? 主人公どうこうの前に、キリオのあの俺を見る目はいったいなんなんだ。
「ナビ、キリオは本当に転生者じゃないのか?」
【可能性はゼロです。転生は他世界からの魂の流入。私は確実に判別できます】
まあ、世界王の贈り物によるシステムなら、それが当然なのか。ここはナビの言うことを信じたほうがよさそうだ。
ということは、キリオは本当に俺を慕って……? しかしまたなぜ主人公が悪役神官に。
「これも世界王の補正なのか?」
【可能性はゼロとは言えませんが、世界王は人間の感情そのものに介入することはできません】
ということは、キリオは純粋に俺にあんな熱い視線を向けていたってことか?
そうか、原作ではフランは本来、悪役だ。主人公を虐めまくるから嫌われる。俺はリュクスとブロークでキリオを助けた。原作とは真逆の行動を取ったんだ。
しかし、これからどうしたものか……。いまさらキリオを虐めるわけにもいかないし、というか、虐めるつもりなんてさらさらない。あんなに慕ってくれているのに、いまさら虐めるなんて可哀想だし、俺も気分が悪い。
だが、主人公は現れた。もしこの世界に強制力が存在しているなら、俺は悪役神官になるのかもしれない。キリオはどうやって悪役神官を断罪するんだったかな。
コンコンコン、と軽快なノックの音がする。こんな時間に誰だ? マーヤが戻って来たのだろうか。
ドアを開けると、そこにいたのはセオドアだった。セオドアは寝間着ではないようだ。いままで剣の稽古でもしていたのだろうか。セオドアが真面目に鍛錬するかはわからないが。
「少し話をしたいんだが、いいか?」
こんな時間に話をしたいって? とにかく、俺はセオドアを窓際のひとり掛けソファに促した。ソファはひとつしかないため、俺はベッドに腰を下ろす。もう少し時間が早ければマーヤに紅茶でも用意してもらったものだが。
「こんな格好で申し訳ないのですが……」
「気にするな。私が非常識な時間に訪ねただけだ」
確かに訪問するには遅すぎる時間だ。それをわかっていつつ、セオドアはなんのために俺の部屋に来たんだ?
「その非常識な時間にどうなさったのですか?」
「あのキリオという少年のこと、どう思う?」
俺は首を傾げた。もしかして、セオドアがキリオに惚れ始めているということだろうか。
「しばらくは神殿で保護するしかないでしょう。外の世界は危険すぎます」
「そうじゃない。あんたがどう思うか、だ」
俺はさらに首を傾げる。セオドアの質問の意図が掴めなかった。
「キリオのような普通の子が特別な力を持つのは危険なことです。しばらくは様子見――」
「そういうことでもない」
セオドアは呆れたように溜め息を落とす。それからおもむろにソファから立ち上がると、とん、と俺の肩を押す。油断していた俺は、なんの抵抗もなくベッドに背中から倒れた。あろうことか、そこにセオドアが覆い被さったのだ。
「あんたは本当に無防備だ。私たちがあんたのことをどう思っているか知らないのはあんただけだろうな」
この体勢はまずいのではないだろうか。セオドアの真意は掴めないままだが、この状態から脱するためには抵抗しなければならない。だが、セオドアの言葉の意味はよくわからない。
「どういうことですか?」
俺の問いには応えず、セオドアが俺の寝間着の隙間に手を差し込んだ。肌を撫でられ、ぎゃあ、と思わず声を上げる。
「色気のない声を出すな」
「い、いい色気のある声を出せと言うのですか?」
これってまずいんじゃないか。セオドアが何を考えているかはわからないが、とにかくこの状況がよろしくないことだけは確かだ。




