54.聖君
「リュクスに戻りたいのであれば、こちらから護衛を付けましょう。あなたたちの自由にしてください」
できれば村に帰ってほしい、なんて言えるはずはない。ここで突き放すのも可哀想だが、キリオが教団にいれば、俺がどうなるかわからないのだ。
「僕は司祭長様のおそばにいたいです。僕の気持ちは偽りではありません」
まるで愛の告白をする者のような顔付きだ。とは言え、キリオはまだ俺と攻略対象たちと出会ったばかり。これから攻略対象たちに惹かれる可能性も高い。まあ、そうなれば俺の破滅フラグが立つのだが。
「わかりました。しばらくは自由に過ごしていただいて構いません。第二の世界王の寵児だからと言って、教団でやってもらうことも特にありません」
実際、光の魔法を持っていると言っても、キリオは平民に変わりない。リーヴは髪色を見るに、特別な力があるとは思えない。教団でできることはないだろう。
第二の世界王の寵児――キリオは「聖君」と呼ばれることになる。エターナリア王国が戦乱に導かれているのかもしれない。だが、ここには世界王の寵児と言われる俺がいる。キリオはただ平穏に暮らせばいいのだ。
「何か僕に司祭長様のお役に立てることはありませんか?」
「ありませんね」
冷たい言い方になってしまったが、聖属性の魔法を持つ俺がいれば、エターナリア王国に争いが持ち込まれるのを防げるはずだ。ハーグレイヴズ神は争いを好まない。エターナリア王国が戦いを選んだとき、ハーグレイヴズ神の加護は失われる。俺はなんとしてもそれを止める。世界王の寵児の称号に懸けて。
「マーヤ、ふたりを客間に案内してあげて」
「はい」
こちらへどうぞ、とマーヤがサロンを出て行くと、キリオとリーヴもそれに続く。キリオは名残惜しそうな顔をしていたが、神殿に滞在すれば俺とはいくらでも会える。何せ、俺は暇を持て余した司祭長だからな。
入れ替わりでセオドアとクリスが戻って来た。ふたりがキリオとリーヴに向ける視線は怪訝の色を湛えていた。
「なんの話をしたんだ?」
「彼らのことを聞いただけですよ」
「教団としては」と、クリス。「彼をどうするおつもりなのですか?」
「どうもしません。彼は世界王の寵児として未熟です。この国で役に立つことはないかもしれません」
「珍しいな。あんたがそんな冷たいことを言うなんて」
これまでの俺のイメージなら、キリオに親身になる姿が想像できたかもしれない。だが、本来のフランだとしたら、教団に滞在することも許さず追い出す可能性もあった。フランにとって、キリオは邪魔者でしかないのだ。
「あいつは契約を狙っているのか?」
「それはどうでしょう。この国としては、世界王の寵児同士の契約は歓迎するかもしれませんが」
それでも俺は、誰とも契約するつもりはない。キリオが「聖君」と呼ばれるようになって、この国が光魔法を必要とする時が来たとしても。きっと主人公なら、俺との契約がなくてもある程度の力を覚醒することができるはずだ。まず主人公と悪役神官が契約するなんてあり得ないからな。もし契約したとすれば、キリオは俺を破滅させることができなくなる。この世界を物語通りにしようとは思わないが、違和感が生まれることをするつもりもない。そのためには、キリオとの契約を回避する必要があるのだ。
「祈祷の時間なので失礼します」
俺はセオドアとクリスに辞儀をしてサロンを出た。そのまま聖堂に向かう俺に、部屋の外に控えていたダンが続く。
「そんな硬いお顔をなさって、どうされたのですか? あの平民たちの対応に困っていらっしゃるのですか?」
ダンは案ずるように言う。いまの俺はよほど沈んだ顔をしているらしい。特に落ち込んでいるわけではないが、これからキリオをどう扱うかについて考えているのはある。この国には俺がいれば充分で、キリオには村で平和な暮らしをしてもらっても構わない。だが、きっとキリオが教団を離れることはない。それが物語の強制力だ。
「司祭長として彼をどう扱うべきか、慎重になる必要はあるでしょう」
キリオが単純に契約だけを狙っているなら、神殿から追い出すのは簡単なことだ。キリオの気持ちは偽物ではない。それがわかっているからこそ、扱いに慎重になる必要があるのだ。俺は悪役神官で、キリオは主人公。道を違えれば、俺は破滅することになる。それはなんとしても避けたかった。




