53.キリオの熱い視線
マーヤ以外の三人がサロンを出て扉が閉まると、俺はキリオをテーブルに促した。その向かいに腰を下ろした俺の後ろにマーヤが控える。キリオは相変わらず輝く瞳で俺を見ている。リーヴは緊張した様子だ。
「さて、まずはあなたたちのことを教えてもらえますか?」
「はい」キリオが頷く。「僕たちはもともと、リュクスで暮らしていた平民です」
キリオの旅はリュクスで襲撃を受け、光の魔法を覚醒させるところから始まる。リュクスの民を光の魔法で救う。そのあと、リーヴとともに旅に出るのだ。そのオープニングを俺が奪ってしまった。果たして、いま目の前にいるキリオは光魔法を覚醒させているだろうか。
「あの襲撃の日の夜、不思議な夢を見ました。誰かが僕を呼ぶ夢です。それを村長に話したら、王都の教団で鑑定を受けるべきだと言われました。僕が見た夢は、世界王からの天啓だ、と……」
キリオは第二の世界王の寵児。世界王から天啓が降りるのは何もおかしいことではない。だが、いま思えば、キリオに世界王の天啓が降りたばかりで「第二の世界王の寵児が誕生した」という噂が流れるには早すぎる。俺に天啓が降りていないのに、なぜそんな噂が流れたのだろうか。
「僕はとにかく不安でした。第二の世界王の寵児だと言われても、よくわかりませんし……」
「なぜ村長はそれが世界王の天啓だとわかったのですか?」
「村長は若い頃、この神殿に使徒として在籍していたそうです。だからわかったのかもしれません」
ということは、村長がキリオが天啓を受けたことを教団に報せたのだろうか。それが噂で留まるのもおかしい気がする。なぜ司祭長にその報せを伝えなかったのだろう。まあ、その辺は物語の強制力なんだろうな。強制力は言葉で説明できることではないのだ。
「そのあと、リュクスは襲撃を受けました。そのとき初めて司祭長様を見たんです。とにかくこの人に会わなければならない、そんな気がしました」
キリオの輝く瞳には訴えるものがある。そのときはただ「司祭長を見掛けた」というだけだったのかもしれない。キリオの不安を取り除いてやれるとすれば、教団の司祭長だけだっただろうからな。
「それで、リーヴについて来てもらって、リュクスを出たんです」
「世界王の天啓を受けたのに、護衛も伴わずに村を出たのですか?」
「リュクスの襲撃がキリオを狙ったものだとは知りませんでしたから」リーヴが言う。「リュクスは国境の近くです。ただアウグステン帝国の兵が攻め込んで来た、ということしかわかりませんでした」
それもそうだ。リュクスとブロークに暴徒を手引きしたのはコーレインだった。コーレインは第二の世界王の寵児を狙っていた。だが、その理由が明かされることはなかったのだ。
それで、とキリオが話を続ける。
「ブロークに辿り着いて、また襲撃を受けました。そのとき司祭長様に再会できたんです。これは運命だと感じました」
キリオは手を組み、また熱い視線を俺に向ける。まるで恋する乙女のような表情で、主人公が悪役神官に惚れるという展開の謎は深まるばかりだ。
「司祭長様は世界王の寵児と言われています。僕は第二の世界王の寵児……。これはきっと運命なんです」
「キリオ」リーヴが厳しい声で言う。「このお方は教団の司祭長様だ。あんまり失礼なことは言うな」
キリオはようやく冷静さを取り戻し、組んでいた手を膝に置く。それから、窺うように上目遣いで俺を見た。答えを求めるような視線だ。
俺は世界王との対話でキリオのことを思い出した。だから、第二の世界王の寵児がキリオであることはすぐにわかった。キリオが俺を頼りたくなるのは当然なのだ。
「話はわかりました。それで、鑑定を受けたあと、あなたたちはどうするのですか?」
「どうしたらいいでしょうか……。勢いだけでリュクスを出てしまいましたから……」
まずは鑑定を受ける必要がある。キリオが光の魔法を持っているのが確かなら、教団で保護するのが理想的だ。だが、キリオがそれを望まないなら、強制するつもりは俺にはない。だが、キリオは間違いなくこの物語……この世界の主人公だ。俺を破滅に導くかもしれない。とは言え、突き放すつもりもないのだが。
(ナビ、キリオが嘘を言っている可能性は?)
【キリオが偽っている可能性はゼロ。キリオの言葉は真実です】
そうなると、キリオは本当に俺を慕い、頼って来たのだ。いや、主人公が悪役神官を慕うなんて、どう考えてもおかしいとしか言いようがないのだが。
「とにかく、しばらくは神殿に滞在するといいでしょう。客間を用意させます」
俺はマーヤに視線を遣った。マーヤは頷いて、報せ鳥を出す。他の女官に客間の用意を伝えたのだ。
「ありがとうございます」キリオは深々と頭を下げる。「でも……リュクスとブロークの襲撃が僕を狙ったものなら、この神殿が襲撃を受けるかも……」
「それはあり得ません。あなたを狙って暴徒を手引きした者は私が裁きました。ですので、リュクスに戻りたいのであればそれでも構いません」
キリオとリーヴは安堵した表情になる。二度も襲撃を受けたことで不安になっていたのだろう。
まあ正直なところ、俺を破滅に導く可能性がある主人公をそばに置いておくのは不安が残る。リュクスに戻ることを望むなら、それはそれで俺の破滅を回避することに繋がるかもしれないのだ。




