52.第二の世界王の寵児
第二の世界王の寵児――キリオはサロンで俺を待っていた。俺を見つけたキリオはパッと表情を明るくして席を立ち、真っ直ぐ俺に向かって飛び付いて来る。その頬は紅潮しており、なんだか息も荒いような気がする。
「司祭長様! お会いしたかったです!」
うん?
「無事に目を覚まされてよかったです……。この三日間、気が気でなかったです」
おや?
「司祭長様に何かあったらと思うと……生きた心地がしませんでした」
いや、なんかおかしくないか? なんで主人公がこんな輝く瞳を俺に向けているんだ?
キリオがもともと座っていた席のほうを見ると、茶髪の少年が困ったように俺たちを見ている。彼はおそらく、キリオの友人。つまり、身分の低い攻略対象だろう。リュクスを飛び出したキリオについて来たのか。
「まずは名前を教えていただけますか?」
営業スマイルで言う俺に、キリオはハッと息を呑む。
「すっ、すみません! つい興奮して、忘れていました」
キリオは俺の手を握ったまま、深く辞儀をする。手は放してくれないんだな。
「キリオと申します。こっちは僕の幼馴染みのリーヴです」
茶髪の少年――リーヴは緊張した表情で会釈をする。こちらは俺に会うことに緊張していたらしい。そもそもキリオの態度が異常なんだ。
「リーヴはリュクスで司祭長様に助けていただいたんです」
キリオは相変わらず熱い視線を俺に向ける。
リュクスで助けたって? ……駄目だ、助けた民が多すぎて覚えていない。まあそれはしょうがない。ブロークでもたくさん民を助けたし、全員を覚えておくなんて俺には無理だ。
「リュクスでひと目見てから、ずっとお会いしたいと思っていたんです。だから村を出ました」
それはいいのだが、この手はいつまで握られているのだろうか。自分から引っ込めるのが難しいくらい強く握られている。主人公の握力、恐るべし。
「それでブロークに辿り着いたのですが、また争いに巻き込まれて……」
キリオの表情が暗くなる。それでも手は力強く握られたままだ。これについては諦めるしかないらしい。もう気にしないことにして、話を進めよう」
「私の補佐があなたの存在に気付いていました。彼が暴徒を手引きしたのでしょう」
「僕を狙って……?」
「あなたが第二の世界王の寵児だからです」
またキリオの表情に影が落ちる。キリオはただの平民であるが、銀髪という特殊な髪色を持っている。もともと、魔法を使えるのは貴族や王族、司祭など高貴な血筋の者だけで、平民は魔法を持っていないらしい。だから、平民のキリオが銀髪なのは異常なのだ。キリオも、それは自覚していただろう。
「リュクスの村長に言われました。僕が第二の世界王の寵児だって……。でも、それがなんなのかわかりませんでした。だから、司祭長様にお会いしようと思ったんです」
そのとき、キリオの両手に力がこもった。俺を見つめる紫色の瞳が、また輝きを取り戻す。
「正直に申し上げます。ブロークで一目惚れしました! あの飛び蹴りには痺れてしまいました……」
「……腕を掴まれていましたからね」
あまりの勢いに気圧されて、俺の口から無意識に意味のない言葉が漏れた。そういう意味で痺れたんじゃないだろ。
(ナビ、キリオが転生者の可能性は?)
機械音がすると、キリオが不意に辺りを見回した。鑑定は風に攫われるような感覚になるのだが、それを敏く感じ取ったのだろう。
【鑑定完了。キリオが転生者である可能性はゼロです】
(じゃあ、キリオは純粋に俺に一目惚れしたってことか……)
それはそれで頭が痛くなる話だ。キリオは純粋で、内に秘めた思いを内に秘めたままにすることができないんだろうな。ただ自分の気持ちを素直に伝えているだけなのだ。
「いつまで手を握っているつもりだ?」
呆れた声とともに肩を引かれ、キリオの熱い手から解放される。俺たちの様子を見ていたセオドアが、ついに痺れを切らせたらしい。俺としてもそろそろ手がカイロになりそうだったからありがたい。
「こいつは教団の頂点に立つ人間だぞ」
「あっ……も、申し訳ありません! つい、気持ちが昂ってしまって……」
キリオは深く頭を下げる。やっと冷静になったらしい。俺はようやく解放されたことに安堵しつつ、また営業スマイルを浮かべる。調整を間違えると悪役神官スマイルになるから気を付けないとな。
「ブロークで見つかってよかったですよ。しかし、村を飛び出すとは筋金入りですね」
「どうしても司祭長様にお会いしたかったんです。僕が……何者なのか、知りたくて」
キリオの声が弱々しくなる。第二の世界王の寵児なんて言われても、平民のキリオには不安になるだけだったのかもしれない。
「マーヤ以外、外していただけますか?」
俺はあくまで穏やかに言う。キリオとはもっと話をしなければならない。悪役神官と主人公としても。
「平気か?」と、セオドア。「いまは純情ぶっているだけかもしれないぞ?」
「私もそこまで間抜けではありません。それに、マーヤがいれば大丈夫ですよ」
キリオはまだ第二の世界王の寵児としての本来の力は解放されていない。例え襲われたとしても、俺に対抗できないことはないだろう。
「私は外にいます」ダンが言う。「何かあったら叫んでください」
「わかりました」
叫ぶ必要もないと思うが、団長がすぐそばにいるなら心強い。俺が頷くと、マーヤ以外の三人はサロンをあとにした。




