51.原作を知る者
現実世界で目が覚めると、まず魔力が限界値の限界値を突破した負荷を覚悟した。あれだけ無茶をしたのだ。体に何かしらの異常があってもおかしくない。慎重に起き上がると、体は想像に反して軽かった。まるであんな熾烈な戦いなどなかったかもように。
どうやら魔力は回復しているらしい。魔力回路も元通りになっているようだ。あれからどれくらい寝ていたのだろう。
コンコンコン、と控えめなノックが聞こえた。顔を覗かせたマーヤは、俺を見て目を丸くする。この反応。どうやら、寝ていたのはひと晩ではなかったようだ。
「フラン様! お目覚めになってよかったです!」
「今回はどれくらい眠っていたのかな」
「丸三日、眠ったままでした」
随分と寝てたな。どおりで体が軽いわけだ。魔力の充填と魔力回路の修復に三日を要するほど、俺の魔力は限界を超えていた。三日間たっぷり寝ることで魔力を回復させたかから、こんなに体が軽いんだな。
「クリス様とダン様とセオドア様が魔力をお分けになられたのです、が……」
ほんのりと頬を染めてマーヤが言葉を切るので、俺は首を傾げた。魔力を分けてもらったから魔力回路は復活したが、体が追いつかなくて眠り続けていたってことか。三人から魔力を分けてもらわなければならないほど、俺は消耗していたのだ。
「あとでお礼を言っておかないとね」
「そ、そうですね……」
マーヤの言葉は歯切れが悪い。俺がまた首を横に倒すと、わざとらしく咳払いをした。それから真剣な表情になる。話が変わるらしい。
「第二の世界王の寵児殿がフラン様にお会いしたがっています」
「そう。じゃあ、朝食を取ったら行こうか」
「……その前に、会わなければならない者がいます」
マーヤの表情に影が落ちる。俺にはなんとなくわかった。それが誰であるか。
朝食を済ませて寝室を出ると、ドアの外でクリスとダン、セオドアが俺を待っていた。俺が朝食を取っているあいだにマーヤが報せ鳥を飛ばしたのは、彼らに俺の目覚めを報せていたのだ。
「司祭長殿、お目覚めになって何よりです」
クリスは冷静な表情で言う。一応、気に掛けてはくれていたようだ。
「魔力を分けてくださったそうですね。ありがとうございます」
「ああ」セオドアが笑う。「寝ているからやりやすかったよ」
寝ているからやりやすかった? どういう意味だ?
そういえば……。
「魔力を分けるのはどうやってやるのですか?」
「接吻だよ」
「せっ……」
ぷん……?
セオドアは特に気にした様子もなく平然と言ったが、まさか、寝ているあいだに大の男三人に唇を奪われていたのか? だ、誰が一番目だったんだ……? いや、そんなことは重要じゃない。なぜ彼らは当然のような顔をしているんだ? 接吻ということはつまり……。ああ、まずい。顔が熱くなってきた。でも、とにかくお礼は言っておかなければ。
「か、感謝いたします……」
どもってしまった。しょうがないだろ。恥ずかしいものは恥ずかしいんだ。
「司祭長様」
ズィールの呼ぶ声に振り返る。三人がどんな顔をしているか直視できなかったからちょうどいい。ありがとう、優秀な部下よ。
「こちらへどうぞ」
ズィールが俺を案内しようとしている場所はすぐにわかった。マーヤが、第二の世界王の寵児の前に会わなければならない者があると言っていた。その者のところへ行くのだ。
俺たちを地下牢に案内し、ズィールは一礼して下がっていく。俺は檻の中に目を向けた。怯えた表情でこちらを見つめ返すのは、コーレインだった。そこへ、ダンが拘束された二人の男を床に放る。黒いマントの男ふたり。本来なら、王宮の隠密である証である黒いマントだ。
ダンが俺の背後でクリスとセオドア、マーヤとともに並ぶと、俺は視線を向けずに振り返って言った。
「全員、目を閉じなさい」
あ、やべ。王子もいるのに命令口調になってしまった。まあいまは止む無しとしよう。
全員が目を閉じたのを確認して、俺はサイレントの魔法を使用した。後ろにいる四人だけは、これから俺が何を言っても何も聞こえない。聞かれたら面倒だ。
「し、司祭長様!」
俺がサイレントの魔法を使ったことを悟ったのか、コーレインが檻にしがみついた。言い訳できるくらいの余裕はあるらしい。
「私は、第二の世界王の寵児殿をお助けしようと思ったのです! 私もブロークの民の救護に回っておりました! 何か誤解があるようなのです!」
黒いマントのふたりは弁明しない。偽りの黒マントを身に纏うことの罪の重さを理解しているのだ。
確かに、コーレインが第二の世界王の寵児を害するため暴徒をリュクスとブロークに招き入れた直接的な証拠はない。だが、コーレインがこの偽りの黒マントと接触していたことは、状況証拠と言わざるを得ないが、ダンが用意した神殿騎士団の諜報員が確認している。この偽りの黒マントたちは、自白の魔法によってリュクスとブロークに暴徒を誘き寄せたことを認めている。コーレインが疑いをかけられるのは当然のことなのだ。
だが、俺にはひとつ、ある確信があった。
「司祭長様、お考え直しください! 私は、教団のため、民のために、粉骨砕身で尽くして……」
よく口が回る。一度、黙らせる必要があるな。
技巧――“神官の品位”
威圧の上位版だ。知らないうちにスキルがランクアップしていた。効果は威圧より少し威力が強くなる。この重圧に耐えきれず、コーレインは青い顔で口を噤んだ。
「お前、転移者だな」
低い声で言う俺に、コーレインの瞳が揺れた。動揺を隠しきれない表情で、信じられないものを見る目で俺を見上げている。
「どこの世界から来た馬の骨かは知らないが、随分と掻き乱してくれたな」
第二の世界王の寵児がリュクスにいるという情報は、俺もあとから思い出したこと。暴徒の襲撃はもともと物語の中でも存在した流れだが、リュクスを発った第二の世界王の寵児がブロークにいたことは俺でも知らなかった。たまたまブロークに暴徒が流れ込んだというには不自然すぎる。第二の世界王の寵児がブロークにいると確信しているからこそ、暴徒はブロークに攻め込んだのだ。そしてそこには、必ず手引きした者がいる。それの主犯がコーレインだ。
「知らないだろうから教えてやる。俺はこの世界の原作者だ」
コーレインが目を見開く。それこそがコーレインが転移者だという証明のようなもの。“原作者”という言葉を理解できるということは、その言葉が存在する世界から渡って来たということだ。
「なんで原作者が、悪役神官に……」
か細い声で言うコーレインに、俺は確信を得た。コーレインは俺の同郷なのだ。
「さあな。それが世界王のお望みだとよ」
「……世界王の寵児……本当に……」
コーレインの瞳と手は震えている。コーレインの計画がどんなものだったかは知らないが、俺がいなければ、その企みは成功していたのだろうか。
「お前はこの国に争いを呼んだ。永久に平和であるべきこの国……俺の世界に。世界王の寵児として、ハーグレイヴズ神の加護のもと、お前を裁く」
俺は軽く手を振り、コーレインと偽りの黒マントの男ふたりに魔法をかけた。これはセオドアにかけたものと同じ契り。俺の命令に背くことができなくなり、俺がいないところですら自由が許されなくなる魔法だ。
「俺はお前を殺さない。それがハーグレイヴズ神の望みだ。だが、死んだほうがマシだと思えるかもな」
コーレインはもう何も言えないようで、奥歯がガチガチと音を立てている。もし俺が原作者でなければ、コーレインの計画は成功していた可能性もある。だが、世界王もハーグレイヴズ神もそれを望まなかった。だから俺がここにいるのだ。
「お前はこの国の盾になってもらう。アウグステン帝国からこの国を守る英雄さ」
この絶望を確信した表情には見覚えがある。ような気がする。もしかしたら、前世の俺も同じ顔をしていたのかもしれない。
「栄誉なことだろ? どれだけ傷を負っても死なない、自害もできない。俺の許可なく死ぬことは許されない。それがこの国に争いを招いた罰だ。殺されないだけありがたいと思え」
もし逆の立場であれば、ありがたいなどと思うことはなかっただろう。いっそのこと殺してくれたほうがどれほど楽になるだろうか。
「だが、お前のおかげで第二の世界王の寵児が見つかった。その褒美はくれてやらないとな」
俺は身を屈め、コーレインの真っ青な顔を見下ろした。悪役神官の笑みを湛えて。
「必要な物はなんでも揃えてやる。それくらいしないと、英雄にはなれないよな。誇っていいぞ。不死身の英雄殿」
これはほとんど死刑宣告のようなもの。いや、死刑宣告のほうがマシかもしれないな。
俺はコーレインに背を向けると、サイレントの魔法を解いた。
「もう目を開けても構いませんよ」
そう言いながら、俺は地下牢をあとにする。四人も俺に続いて神殿に戻る階段を上った。
「あの者はどうするんだ?」
セオドアの問いに、俺は軽く肩をすくめた。
「フィルハーベットへの配属を決めました」
「フィルハーベット? あんな国境の……」
セオドアが言葉を切る。国境の関所があるフィルハーベット。その関所に配属されるということは……。その意味を悟ったのだ。
「マーヤ、第二の世界王の寵児殿のもとに案内して」
「はい。こちらへ」
この先、第二の世界王の寵児が危険に晒される可能性は低くなる。第二の世界王の寵児を狙っていた者は捕らえられた。あとは、二の轍を踏む者が湧かないことを祈るばかりだ。




