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記憶を失くした悪役神官は総溺愛に気付かない  作者: 瀬那つくてん(加賀谷イコ)


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48.誰ひとりとして逃さず

「司祭長様?」

 呼び掛ける声で意識を現在に戻す。馬車は止まっており、コーレインが俺を覗き込んでいた。ズィールとサランも心配そうに俺を見ている。もしかしたら、俺がハーグレイヴズ神の目を借りているあいだも話しかけていたのかもしれない。

「ブロークに着きました。行きましょう」

「ええ」

 馬車の外はすでに喧騒が溢れていた。すでに暴徒がブロークに到達しているのだ。俺たちの馬車が到着するより前に、神殿騎士団が到着しているはず。すでに暴徒の排除に取り掛かっていることだろう。

 他の司祭たちも伴ってブロークへ入ると、辺りには惨状が広がっていた。暴徒が雪崩れ込み、あっという間に民が傷付けられたのだ。

(くそ……もっと早く神託を降ろしてくれればいいのに……!)

 なぜ争いが始まる前に神託が降りないのか。まるで俺の能力を活用するためとしか思えないタイミングだ。

「重傷の者から救護を!」

 司祭たちの返事を聞きつつ、俺は神殿騎士たちに念を飛ばした。

(司祭長命令です、誰ひとりとして逃がさず、誰ひとりとして死なせないこと)

 短く応える声が聞こえた。ひとつ息をつく俺のもとに、マーヤとクリス、セオドアが駆け付ける。ダンはすでに神殿騎士団とともに暴徒の排除に回っているだろう。

「クリス殿、セオドア様! 紫がかった銀髪の少年を探してください!」

 ハーグレイヴズ神の目を借りたとき、その姿が見えた。紫がかった銀髪の少年。それが主人公――キリオで間違いない。

「銀髪だって?」

 セオドアが怪訝な表情になる。俺に僅かに残った記憶によれば、この世界に銀髪の人間はあまりいない。まったくいないわけではないが、それくらい珍しい髪色なのだ。

「それが第二の世界王の寵児です。フードか帽子を被っているかもしれません」

「わかりました」と、クリス。「民を救援しつつ探します」

「お願いします。マーヤは私と来て」

「はい!」

 マーヤは司祭の力を持っていないが、重傷の者を見つけなければならない。俺の力は、蘇生以外の再生を可能にする。腕や足を失った者の回復は俺でしかできない。他の司祭たちはそれより傷が浅い者の救護に回っているはずだ。

「司祭長様!」

 中位司祭のウェザーが俺を呼んだ。ウェザーは右腕を失った女性を抱き起している。

「腕はどこですか?」

「見当たりません」ウェザーが青い顔で言う。「この近くにはないのです」

「マーヤ、探査魔法で探して」

「はい!」

 腕を失った者を治癒するには、失われた腕がなければならない。おそらく、暴徒から逃げる際に置いて来てしまったのだろう。この女性を治癒するには、失った右腕を探さなければならないのだ。

「司祭長様……あたし……あたしはもう、絵を描けないの……?」

 女性が弱々しく言う。ウェザーが治癒魔法を働かせていなければ、すでに意識を失っていてもおかしくないだろう。

「大丈夫。あなたは必ずまた絵を描けますよ。ハーグレイヴズ神が見守っています」

 顔を覗き込んで微笑む俺に、女性は涙で揺れる瞳で俺を見つめ返す。女性は小さく頷くと、小刻みに震える左手でどこかを指した。

「あの路地に……大怪我を負った子がいるの……。助けてあげて……」

 この世界の民は、心がとても澄んでいる。自分も死ぬかもしれないほどの傷を負っていても、誰かのことを気遣うことができる。もし俺が同じ立場だったら、自分が助かることで頭がいっぱいになるかもしれない。

 女性の腕探しをマーヤに任せ、俺は女性の指した路地に入った。建物の陰に、小さな少女を抱え涙を流す女性の姿がある。少女は腹が抉られ、女性は娘を失う恐怖に揺れる瞳で俺を見つめた。俺は即座に少女の回復に取り掛かる。

「あの暴徒たちはなぜブロークへ?」

 俺の問いに、女性は涙を流しながら弱々しい声で答えた。

「わかりません。ただ……第二の世界王の寵児を差し出せ、と……そう言っていました」

 やはり、暴徒たちはここに第二の世界王の寵児がいることを初めから知っているのだ。そうなると、誰かがここに暴徒を手引きしたという俺の予想が当たっていることになる。

 そのとき、少女が大きくむせるのと同時に血を吐き出した。思ったより重傷だ。回復に専念しないと。

「司祭長様!」

 少女に意識を集中した俺は、女性の鋭い叫びに振り向いた。剣を振りかざす男の影が俺に迫っている。しかし、その切っ先が俺に届く前に、男は何者かの足によって吹き飛ばされた。それはセオドアだった。

「誰ひとりとして死なすなって? 剣がただの鈍らだ」

 不満げに言いつつも、セオドアは好戦的な笑みを浮かべている。こうして戦いの場に身を置くことで輝く人間なのだろう。

「司祭長殿は民の回復に集中を!」

 クリスが剣を構え、俺の背後に立つ。神殿騎士たちの包囲網を掻い潜る者がまた流れ込むかもしれない。俺にも護衛が必要なのだ。

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