46.神託
聖堂に向かう俺に、マーヤとダンに加え、セオドアもくっ付いて来た。祈祷に興味はないだろうが、おそらく暇なのだろう。神殿に縛り付けられてはいるが、やることはないわけだからな。エドワードはどこかへ置いて来たらしい。セオドアとしても、監視役のような護衛は鬱陶しいのかもしれないな。
今日も教壇にいたのは中位司祭のズィールだった。コーレインはまた仕事をしているらしい。確かコーレインとサランが上位司祭だったはずだが、サランは女官の仕事をしてるんだろう。ズィールはそのうち上位司祭に昇格できるかもな。俺が決めてもいいらしいが、人事権ってなんか怖いんだよな。
ちなみに上位司祭、中位司祭といて、その下はみんな、ただの司祭らしい。中位司祭でも教団内ではそれなりの地位ということだ。司祭長と上位司祭のあいだには随分と高い壁があるとのこと。俺のように「世界王の寵児」とかそういう称号がないと司祭長にはなれないらしい。つまり俺が司祭長の座から降りることはできないのだ。代わりの司祭長が誕生しない限りは。ぜひ誕生してほしいものだが、前任の司祭長が司祭長になってから五十年くらい経ってフランが司祭長になったらしい。つまり俺もそれだけ長く司祭長をやる可能性があるってことだ。うんざりしそうだ。
いつも通り、俺たちは最後列に腰を下ろす。今日の祈祷に立ち会う司祭は五人。多いときでは十人から十五人くらいいるらしいが、いまは俺が記憶喪失になった混乱が大きく、手の空かない司祭が多いのだとか。たったひとりのために教団を騒がせてしまって申し訳ないが、記憶のない俺にはどうしようもないのだ。
祈祷が始まる。祈祷は神と繋がる特別な時間だと司祭は言う。スピーカーでもあれば教団内にいるすべての教団員が祈祷を聞けるんだが、魔法が発達した世界では科学の発展が遅れるのはよくある話だ。
ズィールの声に耳を傾けていると、突然、俺の頭の中にナビの音が響いた。それと同時に広がる映像、不吉な予感。それは紛れもなく争いだった。俺の視界に広がるのは、何かから逃げるように走っている視点の映像のようだ。呼吸も荒く、心臓の音が耳の奥で響くのがわかる。近くから誰かの声が聞こえ、視界の主も短く応える。どうやら少年のようだ。
そうしているうちに、辺りの光景が鮮明になる。それは燃え盛る森の中だった。
――誰か、助けて……。
――助けて……世界王様……!
そんな懇願が響く。それと同時に、俺の中には確信が生まれた。
(ナビ、これはどこの映像だ)
【王都に隣接する町ブロークです】
ナビの音声と同時に映像は切れる。俺は中腰のまま立ち上がった。マーヤとセオドアが首を傾げて俺を見るので、唇に人差し指を当てつつ席を離れる。例え司祭長と言えど、祈祷の邪魔をするわけにはいかない。マーヤとダン、セオドアも音を立てないよう慎重になりながら席を立ち、聖堂を出る。マーヤが聖堂の扉を閉めるのを確認してから歩き出した。
「第二の世界王の寵児を見つけました」
「いまの祈祷で?」
セオドアは怪訝な顔で俺を見る。王宮にいたセオドアにはピンとこない話かもしれないが、祈祷は神と繋がる特別な時間。俺に神託が降りてもおかしくないのだ。
「場所はブロークです。間もなく争いが始まります」
「神殿騎士団を招集して参ります」ダンが言う。「司祭長様は先走って神殿をお出にならぬよう」
さすが神殿騎士団団長。俺が、転移魔法で先に、と考えているのを即座に見抜いたらしい。どちらにせよ、俺には戦闘能力がない。先に行ったとしても、神殿騎士団を待つしかないのだ。なんとも無力な司祭長だな。
「マーヤ、クリス殿とコーレインを呼んで。コーレインには司祭たちを集めるように伝えて」
「はい」
マーヤは伝達魔法「報せ鳥」をふたつに分けて飛ばす。魔力を練って思念を乗せる魔法で、魔力消費がほとんどなく、魔法を使えない者が唯一、使える魔法だとされている。が、俺はいまのところやり方を知らない。そのうち覚えないといけないな。マーヤが言うには、単純で簡単な魔法らしい。こういうときのために覚えておく必要があるだろう。
「私が付いて行くことは許可してもらえるんだろう?」
挑発的にセオドアが言うので、もちろん、と俺は頷いた。セオドアは俺の許可なく神殿を離れられないのだ。
「セオドア様も剣の達人だとお聞きしましたから」
「買い被りだ。だが、あんたの役に立てるなら本望だな」
その言葉が本当かどうかは、ブロークに行ってみればわかるはずだ。ブロークでは間違いなく争いが起きる。そのとき、ただ棒立ちしていれば被害を受けるのは自分なのだから。
「私たちは裏門で待っていましょう」
厩は裏門のそばにある。マーヤから聞いた話だが、セオドアもエドワードも自分の馬は連れて来ているらしい。俺もそのうち、自分の馬を持ったほうがいいのかもしれないな。




