45.不備のない書類
「司祭長様。こちら、ご確認をお願いいたします」
俺が仕事を任せきりにしているコーレインが、またひと仕事を終えたようで書類を持って俺のところへ来た。こうしてコーレインがまとめた書類は、いくら記憶がなくとも、俺が最終確認をしなければならない。コーレインが担っているのは主に教団の運営に関することで、余分な経費が入っていないか、などを確認するのだ。
「クリス殿、今日もお手を貸していただけますか?」
「はい」
いつもなんの仕事をしているかを俺は知らないが、コーレインの書類はいつも完璧だ。とは言え、おかしかったとしても俺にはわからない可能性がある。それをクリスが補助してくれることもあった。
さて、今回の書類はどうかな。……なんだこれ。王宮に支援を求める陳述書?
内容としては……俺が記憶喪失であること、そのための支援を求めるもの。なんで俺が記憶喪失であることで王宮に支援を求める必要があるんだ? これは第二の世界王の寵児を捜索するためにも必要……?
「セオドア様、王宮には私が記憶を失ったことは伝わっていますか?」
「私のところには届いていなかった。国王と王妃はわからないが」
第二王子のもとには届いていなかった情報を、わざわざ支援を求めることで開示するのか? そもそも、教団の運営に王宮の支援は必要ないはずだ。なにせ、この教団は王立ではない。これだけ規模の大きい教団だが、実は私立なのだ。
「教団はフラン様の記憶喪失の情報が漏れないよう気を張っています」
マーヤの言葉は、俺の疑念をより深めることになった。
「硬い緘口令が敷かれているんです。もし情報が漏れれば、厳しい犯人探しが始まるでしょう」
「司祭たちは司祭長様に従順です」と、ダン。「その情報を漏らすことはあり得ません」
それなのに、なぜコーレインはわざわざ王宮に申告するようなことを?
やっぱりコーレインの行動は怪しい。何かを企んでいることが間違いないと言わざるを得ない。俺の記憶喪失を何かに利用しようとしているのか?
「何か書類に不備でも?」
ダンの問いに、俺は小さく息をついた。
「不備はないのですが……これは一旦、私が持ち帰らないといけません」
俺はこっそりマーヤに目配せした。マーヤは小さく頷く。またコーレインに関する情報を集める必要が出て来た。
「司祭長ともなると、気を配らなければならないことが多いようだ」
セオドアが悪戯っぽく言うので、俺は軽く肩をすくめる。
「セオドア様もそうでしょう? 王宮は民に心を配らなければなりません」
「私には関係ない話だよ。王位継承権もないし、領地もない」
セオドアは側妃の子で、側妃は王妃から睨まれていた。国王が愛するのは側妃だったとセオドアは言っていた。そのため王妃は国王が王位継承権をセオドアに与えるのではないかと恐れている。セオドアは微妙な立場にあり、もし暴徒騒ぎを起こした人間が王宮にいると国王が勘付いていれば、セオドアに何かの権利を与えることを躊躇っていた可能性がある。セオドアは第二王子だが、肩身の狭い思いをしていたのかもしれない。
「何よりいまは神殿から出られないしな」
「それは王宮に居た頃はなかったでしょう」ダンが厳しく言う。「第二王子殿下にも、何か責任はあったはずです」
「第二王子に国政に関する権限はないよ。意見が通るわけでもないしな」
ナビはセオドアの為人で「民を顧みない国政の提案」を挙げていたが、セオドアにはその権限がなかった。それは王族としての誇りを失うことに繋がった可能性もあるのだ。
「だから自由気ままにやっていたよ」
前言撤回。そういえばセオドアも様々な噂の的だったな。
「ところで、第二の世界王の寵児はどうなっている? 教団内では、いつ見つかるかと話題になっているぞ」
誤魔化したような気もしないでもないセオドアの言葉に、俺はこれ以上の追及をやめておくことにした。追及したところで、王室から離れているセオドアには関係ない話だしな。
「早く見つかるといいのですが……。世界王は何も――」
俺は咄嗟に口を噤んだ。しかし、セオドアは怪訝な顔で首を傾げる。しっかりと聞こえてしまっていたようだ。
「世界王? 神託を降ろすのはハーグレイヴズ神だろう?」
しまった……。いつも俺を呼ぶのが世界王だから、世界王の名を出してしまった。セオドアの言う通り、第二の世界王の寵児について降りて来るとしたら、ハーグレイヴズ神の神託なのだ。普通、司祭長だとしても世界王の声を聞くことはない。
「フラン様は世界王の寵児であらせられますから」マーヤがフォローに入る。「世界王の神託が降りるのかもしれません」
「世界王の神託ね」セオドアは面白がるように言う。「そんなものが降りたら国中が大騒ぎになるぞ。それにいまの言い方だと、世界王と常に対話しているような口振りだ」
「詮索はおやめください」ダンが硬い口調で言う。「フラン様は王国で唯一の司祭長であらせられます」
「お前は相変わらず頭が固いな」
セオドアが揶揄うように言うので、これは好機! と俺は身を乗り出した。
「団長のことを以前からご存知なのですか?」
ここは話をすり替えるに限る! 本来のフランだったなら、こんなことをしなくても都合の悪い話を躱すことができたんだろうな。
「騎士見習いの頃は王宮にいたんだ。騎士資格を得て神殿騎士になったんだよ。それがいまでは団長。随分と立派になったもんだ」
騎士に資格というものがあるのか。騎士見習いの頃に王宮にいたということは、国家資格のようなものだろうか。メタ推理をすると、ダンはおそらく二十代半ば。キリオが俺より何歳か年下だとしたら、二十代後半になると攻略対象としては年齢が離れることになってしまう。ここら辺の情報もどこかで頭に入れられるといいんだがな。
「フラン様、祈祷の時間です」
マーヤが時計を見て言うので、俺は安堵しつつ頷いた。ダンのことで話をすり替えたが、セオドアのことだ、また話を蒸し返すかもしれない。ここは逃げるが吉だ。




