42.ダンの夜間警護
控えめにドアをノックする。部屋主からの返事はない。そっとドアを開け、室内を覗き込んだ。ランプの明かりだけが照らす寝室は、ただ規則正しい寝息が聞こえるだけ。ダンは部屋主――フランが眠っているのを確認し、室内を見回した。先ほどまで、フランの話し声が聞こえた。探査魔法を発動し、辺りを探る。探査に触れるものは何もなく、この部屋の近辺に誰かの気配はなかった。
(すでにいなくなっている、か……)
フランは深く眠っている。ダンは気配を消すのが得意だ。フランがダンの存在に気付くことはなく、その健やかな眠りが妨げられることはない。
フランの話し声は聞こえたが、会話の相手の声は聞こえなかった。何を話していたか、その内容まで聞き取ることはできなかったのだが。それでも、フランが誰かと会話をしていたことは確かだった。
静かに寝息を立てるフランに視線を遣る。女性と見間違うほどの美貌、並外れた魔力値。非情で無慈悲だった司祭長。
(不思議なお方だ……。記憶を失う前とは、まったくお人が変わられた)
南端の村リュクスの件、以前のフランであれば、自ら出向くことはなかっただろう。多くの命が失われたとしても、なんとも思わなかったはずだ。それが、この膨大な魔力が限界値を下回るまで尽力した。腕や足を失った民は、フランでなければ治せなかった。それでも、記憶を失う前のフランなら、見て見ぬふりをしていただろう。
ふと、探査魔法に何かがかかった。どうやら外に誰かいるらしい。カーテンの隙間から覗き込むと、黒いマントの人物が見えた。その正面にいる黒髪の――司祭服を着た者。それはコーレインだった。
詳細を聞かされたことはないが、フランはマーヤにコーレインのことを探らせているようだった。セオドアはコーレインから司祭長と契約を結ぶよう説得してほしいと言われたらしい。フランは神殿騎士を含めたすべての教団員に誰とも契約を結ぶつもりがないことを宣言している。コーレインもそれを知っているはずで、セオドアに説得を頼むのはおかしいことなのだ。
あの黒いマントの人物。黒いマントは王宮の隠密の証だ。教団員が王宮の者と接触したとしても特段おかしいということはないが、こんな夜更けに、それも神殿裏で密談しているのは、何かしらの思惑を疑わざるを得ない。それも、フランがコーレインの何かを怪しんでいることを知らなければ疑うことはなかったのかもしれないが。
教団はいま、フランの指示を受けて第二の世界王の寵児を探している。フランにも他の司祭にも天啓は降りていないようで、捜索には苦戦しているらしい。そもそも、第二の世界王の寵児が現れたというのは噂でしかないのだが。
「……せかい、おう……」
ふとフランが呟いた。どうやら寝言のようで、まだ深く眠っている。
(世界王の寵児……そういえばこのお方もそうだった)
その二つ名によって、フランは多くの者に狙われている。フランはすべてを突っ撥ねているが、フランを狙う者は後を絶えない。高い能力値を保有しているというのも考えものだということがよくわかる。
思わず、寝間着から覗く首筋に視線が吸い寄せられる。フランが普段、身に着けている神官の制服は肩を露出する形状だが、首だけは高い襟で守られている。守らなければならないのだ。
(……しかし、このお方は本当に無防備すぎる)
クリスも何度も指摘しているが、記憶を失ってからのフランはあまりに無防備だ。多くの者に狙われていることは知っているはずなのに、まるでそれに気付いていないような姿を晒している。
(それと、私を信用しすぎだ)
溜め息を落とし、ダンは神殿騎士団団長として所持を許されている鍵の束を取り出す。
(鍵もかけずに寝るか、普通)
この寝室の前には必ず警護の騎士がいるが、フランはいつも内鍵をかけずに寝ている。もしダンと交替した神殿騎士がフランを狙っていれば、簡単に契約者の座を得ることができるだろう。そうなれば、その神殿騎士の命は保証されないが。
それと同時に、フランは以前と違っていろいろな表情を見せるようになった。以前は何を考えているかよくわからない笑みを浮かべてばかりいたが、いまは人間味のある表情になることが増えた。だからこそ、目を奪われるのだ。
寝室をあとにし、ドアの鍵を閉める。ナタウェル公爵の心配は尤もだ。以前のフランならこんなことはなかったはず。いまのフランはうっかり誰かに契約を奪われてしまいそうで危うい。しっかり目を光らせておかなければならないのだ。




