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記憶を失くした悪役神官は総溺愛に気付かない  作者: 瀬那つくてん(加賀谷イコ)


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39.紺碧の丘

 速やかに聖堂を出ると、俺はマーヤを振り向いた。

「セオドア様は本当に反省のためだけに神殿に来たの?」

「あたしはそう聞いてます。ただ、王宮からの報せはコーレイン様がお受けになりました」

「コーレインか……」

 何につけてもコーレイン。あの話もこの話も。コーレインが単独で行動を起こしているのだとしたら、何かしらの対処が必要だ。だが、コーレインが(フラン)が必要としていることだと判断して行動しているなら……まあ、それも対処が必要だな。なんにしても、コーレインには対処が必要だ。うん。

「何か動きはあった?」

 俺の背後にはダンもいたが、いまさら隠すこともないかと、俺はマーヤに問いかける。ダンは従順な騎士だ。俺のやることに口を出すことはないだろう。

「これといって目立った動きは……。隠密との接触も一度きりでした」

 マーヤも特に気にしないということは、ダンのことは信用してもいいようだ。信用できる人間がそばにいるのは心強い。

 隠密との接触が一度きりということは、そのときにセオドアに関するやり取りをしたってことか。まさか、コーレインはセオドアの思惑を知った上で神殿に招き入れたんじゃないよな。そうだとしたら、コーレインを問い詰めなければならないことになる。せめて俺にフラン司祭長の記憶があれば、どういうつもりでコーレインを拾ったのかがわかるんだがなー……。

「司祭長様!」

 俺を呼んだのは若い使徒だった。司祭は肌をどこかしら露出した服を着ているが、使徒は私服の者が多くて露出が少ない。ただし、サランのような女性司祭は肌を露出しない。女官たちも露出なし。これでいいのか、世界王よ。そして原作者――つまり、俺。

「セオドア殿下が司祭長様をお呼びです」

「セオドア様が?」

「はい。紺碧の丘でお待ちになっているようです」

 さっきも会って話をしたばかりなのに? それも、神殿の裏の丘で? 嫌な予感がするが、しょうがない。さすがに王族を無視するわけにはいかない。

「わかりました。マーヤ、クリス殿を呼んで来て」

「はい。紺碧の丘にお連れします」

 味方は多いほうがいい。セオドアが何を考えているかはわからないが、クリスもいてくれたほうが安心できる。セオドアが連れて来たエドワードは当てにできないからな。



 ダンを伴って神殿の裏口に出る。リュクス襲撃の際に神殿騎士団が招集された場所だ。街へ降りる道から逸れて東に行った先にあるのが「紺碧の丘」だ。なぜ紺碧の丘という名が付いているのかは知らないが、青々と葉を茂らせる大樹が寂しげに佇んでいる。この木が名前の由来なのかもしれないな。

 丘に出てみると、セオドアの姿はなかった。辺りを見回しても、俺たちの他には誰もいない。ただ大樹が佇んでいるだけのこの丘は、特にパワースポットのような場所でもないため、訪れる者がほとんどいないのだとか。

「セオドア様……いませんね」

「おかしいですね。呼び出しておいていないというのは」

 ダンが不機嫌になる。どうやら、セオドアに腹を立てていたのはマーヤだけではなかったようだ。神殿騎士団団長も敵に回したとなると、セオドアは神殿騎士団を敵に回したと言っても過言ではないだろう。逃れるすべはもうないな。

 そういえば、俺はこの街をよく見たことがなかった。そう思い立ち、丘から街を見下ろす。あれだけ巨大な城が小さく見えるほど広い王都。俺はこの広大な世界で、司祭長として神殿にこもっている。いや、守られているのだ。記憶のない俺が、この世界で生きていくのは容易なことではない。もし俺がフランではなかったら、王都で生きるひとりの民だったら、こうして平穏無事に生きていることができただろうか。

「美しい街ですね……。神殿がちっぽけに見えます」

「神殿は権威を仰々しく見せる必要はありませんので」

 実際、神殿は大きいとは言っても王都の中では特別に目立つほどではない。西の方角に神殿より大きな建物が見える。ダンによると、あれは「王立魔道学院」という魔法学校なのだそうだ。他国の貴族の子息子女も通う、この一帯で最も規模の大きい学校なのだとか。

 こうして多くの民が暮らす街を見下ろしていると、なんとなく、世界王の心がわかったような気がした。なぜ俺をこの世界に招いたか、なぜ俺の魂をフランという入れ物に降ろしたのか。

 世界王が……そしてハーグレイヴズ神が求めるのは、救済だ。争いを寄せ付けてはならないこの国で争いが起きる。それを防ぐのが俺だ。だから、(フラン)は悪役神官の役割を捨てたんだ。

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