38.祈祷
「もうひとりの世界王の寵児は見つかったか?」
気を取り直してセオドアが言うので、俺はあえて物憂いげな表情で首を振った。この儚い美貌はまだ発揮しておいたほうがいい。セオドアは俺の顔に弱いみたいだしな。
「いまだ見つかっておりません。本当にただの噂だっただけなのかもしれません」
これは本当の話だ。マーヤから女官のあいだで噂が流れていると聞いて以降、俺は特に天啓を受けるということもない。本当に「第二の世界王の寵児」が誕生したなら、神に通ずる神官である俺や他の司祭たちに天啓が降りてもおかしくないのだ。その上、俺は世界王にも通じている。世界王はいまのところ何も言っていない。
「感知魔法も働かせているのですが、いまだ発見には繋がっておりません」
「見つかったらどうするんだ?」
「まず神殿に保護します。世界王の寵児を放っておいては、危険な目に遭うこともあるでしょう」
世界王の寵児と囁かれる俺は見ての通り、いろんな輩に狙われている。もし主人公が第二の世界王の寵児であることが周囲に知られてしまうようであれば、俺同様に何かと狙われることになるだろう。怖い目に遭ったりしていないといいのだが。
「では第二の世界王の寵児にも出し抜かれないようにしないとな」
この王子、本当に契約のことしか頭にないんだな。思わず苦笑してしまった俺に、セオドアは軽く肩をすくめる。
こほん、とマーヤが小さく咳払いをする。
「フラン様、祈祷の時間です」
「ああ、そうですね」
やっとこの俺様から解放される。マーヤは適当なことを言って俺をセオドアから引き離したわけではない。本当に祈祷の時間なのだ。
「では、セオドア様。私はこれで失礼します」
「ああ。私は適当に時間を潰すよ」
「どうぞごゆっくりなさってください」
俺はセオドアに辞儀をして席を立つ。軽く手を振るセオドアに背を向けると、俺のあとにマーヤと、離れたところで渋い顔をしていたダンが続く。ダンが冷静な騎士でなければ、セオドアは剣を向けられてもおかしくなかっただろうな。さすがにそんなことをすれば神殿から追い出さないといけなくなるが。
「セオドア様は本当に契約のことしか頭にないのですね」
新しい疑惑の生まれたコーレインのもとに行くというクリスと別れると、マーヤが唇を尖らせた。マーヤはフランを心から信用しているようだし、司祭長という視点でしか俺を見ないセオドアには腹が立ってしまうのかもしれないな。
「それは誰だって同じでしょ? 私の契約者の座は誰もが欲しがる、ってみんな、言うじゃないか」
「それにしたってですよ。神殿に送られるためにわざと教団を侮辱なさったんじゃないですか?」
「それもあるかもしれないね。でも、もしかしたらクリス殿だってそうかもしれないよ?」
ふふ、と小さく笑みを漏らす俺に、マーヤは真面目腐って、それでいて呆れたような表情になる。
「それはないですよ。クリス様は純粋に恩人としてフラン様を見ていらっしゃいます。それに、あたしだって団長様だって、フラン様をそういう目で見たことはないですよ」
ダンに視線を遣ると、真剣な表情で頷く。そういえばそうだ、と俺は感心していた。マーヤとダンだって俺の契約者の座を狙ってもおかしくない。セオドアのような部外者より、マーヤとダンのような、もともと腹心である人間のほうがその座を得やすいこともあるかもしれない。それでも、マーヤとダンも純粋に俺のためにそばにいてくれるのだ。
「でも、ナタウェル公爵が心配するのも無理はないね」
俺は軽く肩をすくめた。だが、あの心配性な公爵だって自分に得のある人間を契約者にしようとするかもしれないしな。やれやれ、信用できるのは三人だけか。
祈祷の時間、とは言っても、祈祷するのは俺ではない。俺はまだハーグル言語を使いこなすことができていないのだ。祈祷は毎日、行われる。主に行うのはコーレインで、今日は中位司祭のズィールが祈祷するようだ。
俺が聖堂に顔を出すと、教壇に立っていたズィールと、前列に座っていた四人の使徒が辞儀をする。俺は邪魔をしないよう、マーヤとダンとともに最後列に腰を下ろす。司祭長が目の前で見てるんじゃ、緊張してしまうかもしれないからな。
ハーグル言語は不思議な言語だ。おおよそ言語には聞こえない、まるで歌のような祈祷なのだ。読経に近いかもしれない。
それにしても、中位司祭のズィール……平凡な見た目とは裏腹に、良い声してるじゃないか。
目を閉じて祈祷に聞き入っていると、耳の奥でナビが雑音を放った。それと同時に、頭の中に炎の映像が流れる。
『母様!』
子どものような声が聞こえる。映像に意識を集中すると、目の前に女性の顔が見えた。そのひたいからは血が流れ、紫色の瞳は涙に濡れている。その手がこちらの頬に触れるように伸ばされた。
『ごめんね、セオドア……。きっとあなたは、苦しい立場に追い込まれる……』
セオドア、だって? まさかこれは、セオドアの記憶なのか?
『役立たずの母様を許して。お兄様の言うことをよく聞いて……国のために、生きて』
『母様……』
『悲しむ必要はないの……。愛してるわ、セオドア……』
映像が途絶えた瞬間、バチッ、と頭に軽い衝撃が加わった。思い出したのだ。
セオドア第二王子は側妃の子。側妃は数年前、暴徒騒ぎに巻き込まれて亡くなった。この国にとって大事件になった、ということだけはわかるが、詳しいことは思い出せない。側妃の葬儀を執り行ったのは前任の司祭長で、そこには俺も同席していた。
その後、セオドアは暴徒を止められなかった王宮を憎むようになり、現在に至る。正妃と王太子はセオドアを嫌ってはいないが、腫れ物のように扱っている。司祭長の契約者の座を狙っているのは、王太子を討つため。王位継承権を狙っている。マーヤの言っていた通り、神殿に送られるよう仕組んだのだ。
なんとしてもセオドアを止めなければ、この永久に平和であるべきエターナリア王国で内紛が起きる。それも、最悪の結末の、な。
「……司祭長様?」
呼び掛ける声と同時に映像と音声が遠ざかる。意識を現在に戻して顔を上げると、ズィールが心配そうに俺を覗き込んでいた。ズィールは物語で言えばモブ司祭だが、割と可愛い顔をした青年なのだ。
「何か気に掛かることがございましたか?」
このことはまだ誰にも言わないほうがいい。マーヤとダンにも黙っておくべきだ。
「いえ、ついズィールの祈祷に聞き入ってしまいました。随分と上達しましたね。もう私がやる必要はないんじゃないかな」
「ほ、褒めすぎですよ……。司祭長様の祈祷に僕が及ぶはずがありません」
困ったようにしながら頬を染めるズィール。物語にズィールが名前付きて登場したら、彼にハマる腐ったお嬢様方がいたことだろう。その場合……攻めは俺か。いや、下剋上か……。いやいや、そんなことを考えている場合ではない。セオドアの狙い通りになることを防がなければならない。




