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記憶を失くした悪役神官は総溺愛に気付かない  作者: 瀬那つくてん(加賀谷イコ)


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37.フランの色仕掛け

 セオドア第二王子が神殿に来た翌日。教団員たちもなんとなく落ち着かない朝。俺は相変わらず、エントランスのテーブルで資料を読み込んでいた。技巧(スキル)「読解力」にもなんとなく慣れてきて、ある程度ならすんなり理解できるようになった。

 この数日、司祭も使徒も、俺に対する態度は悪くない。司祭長という肩書きのせいで気軽に声をかけて来る者はそう多くないが、たまに挨拶に来てくれる教団員がいる。そういうちょっとしたことが嬉しかったりするんだよな。フラン司祭長には黒い噂が纏わり付いているらしいが、教団員たちの様子を見ていると、それが本当にただの噂だということがよくわかった。

「よう、司祭長。ごきげんよう」

 軽い声に顔を上げると、セオドア第二王子が俺のそばに来ていた。その後ろには護衛騎士のエドワードの姿もある。セオドアは当然のように俺の隣に腰を下ろした。

「教団員から聞いた。記憶を失っているらしいな」

「そのようです」俺は曖昧に微笑む。「ギュスターヴ公爵の一件はご存知でしょうか」

「もちろん。大事件になったな」

 くく、とセオドアは喉で笑う。あえて言及しないこともできたが、これだけ大きな神殿の司祭長ともなれば、どんな事件が起きたかは伝わっているだろう。先日、新聞記者が押し掛けて来たので、司祭長命令を使徒に下して追い返させた。その後、神殿への記者の立ち入りは禁止した。詳細を語るつもりはない。ギュスターヴ公爵だけの事件なら取材も許したかもしれないが、ギュスターヴ公爵家の使用人たちのことを考えれば、大事(おおごと)にしたくなかった。

「それ以前の記憶がいまだに戻っていないのです」

 ついでに前世の記憶もな。思い出せたのはじいちゃんのことだけだ。

「誰かと契約すれば、その恩恵で戻るんじゃないか?」

 セオドアは完全に楽しんでいる。俺には誰とも契約を結ぶつもりがないことはすべての教団員に伝えてあるが、部外者であるセオドアには関係のないことなのだ。

「私は誰かと契約を結ぶつもりはありません。それが平等なのです」

 司祭長の契約者の座は誰もが狙っている。ここで俺が誰かを選べば、この世界に何かしら影響が生まれるかもしれない。なにせ、俺は悪役神官だからな!

「だが、コーレインという司祭はそう思っていないようだぞ」

 思いもよらぬ言葉に、俺は思わず眉をひそめた。コーレインという司祭というのは、あのコーレインという司祭だろう。

「どういうことですか?」

「コーレインは私と契約するよう説得してくれないかと頼んで来たんだ」

 俺はちらりとマーヤに視線を遣った。マーヤも渋い表情で小さく首を振る。マーヤも聞いていないということは、コーレインは独断でセオドアに頼んだことになる。

「セオドア様はそのためにここへいらしたのですか?」

「国王と王妃をいからせたのは本当だ。私がこの教団を侮辱した、と言ってな」

 反省のために神殿に来たことは自覚しているらしい。だが、反省に来た者の態度ではない。俺様枠の攻略対象なんだろうな。

「教団を侮辱しておきながら、私との契約をお望みなのですか?」

「それとこれとは話が別だ。司祭長の能力は認めざるを得ない」

 セオドアは飄々と肩をすくめる。食えない男だ。

「それなら教団がリュクスに蛮族をおびき寄せたという話はおかしいのではありませんか」

「司祭長が自分の力を誇示したかっただけかもしれないだろ」

 なんて話が通じないやつなんだ……! 本当に俺が生み出した人物なのか? まあそうなんだろうが、こんなに腹が立つとは! この完璧な鉄面皮も崩れそうなほど腹が立つ!

「そこまでになさってください」

 冷えた声に振り向くと、厳しい表情のクリスが歩み寄って来る。実は俺の空気がピリついていることは他の教団員たちも気付いていて恐々と視線を向けていたのだが、ただの教団員に口を挟むことはできない。セオドアの愚行を咎めることができるとすれば、クリスが適任だろう。

「司祭長殿を侮辱しないでいただけますか」

「これはこれは、裁かれたギュスターヴ公爵家の嫡男殿ではないか」

 セオドアが卑しい笑みを浮かべながら言うので、クリスの冷静な表情も崩れかける。それでも怒りをあらわにしないところはさすが貴族の令息だ。

 俺はセオドアの背後に控えるエドワードを盗み見た。エドワードは苦々しい表情で俯いている。エドワードはおそらく、セオドアを咎めるほどの地位を持っていないのだ。セオドアはそれを見越してエドワードを連れて来た。

 やれやれ、なかなかに難易度の高そうな攻略対象だな。ここは、俺がひと肌脱ぐしかないか。

 俺はテーブルに置かれていたセオドアの手にそっと両手で触れる。その手を包み込み、視線を合わせた。

「セオドア様のお考えはよくわかりました。確かに、私の契約者の座は誰でも欲するものです。しかし、私はこの力を、我らが神を信ずる者たちのために使いたいと思っています」

 つまり、世界王や世界王国の神々を侮辱する者のためには使わねーぞ。

「セオドア様がこの国の民を守るために私の力を欲しておられるなら、喜んで差し出しましょう」

 民を顧みない国政を提案する者には差し出さねーぞ!

 セオドアは俺の慎ましやかな微笑みに見惚れている。クリスもマーヤも俺の思惑に気付いている様子で、この手を振り解こうとはしない。

「ただ、失礼を承知で、単刀直入に申し上げます。セオドア様は我が教団を侮辱なさいました。世界王はセオドア様を歓迎なさらないでしょう」

 執着心の強い世界王のことだ。もし世界王がこの世界になんらかの力を行使できるなら、俺を侮辱したセオドアはとっくに神殿から追い出されていただろう。

「ですが、私には視えます。セオドア様が民のために剣を振るうお姿が」

 使徒から聞いたことだが、剣の達人ではあるらしいからな。まあ、勉強もせず剣の稽古ばかり受けている、という微妙な話ではあったが。

「本当にその通りになったとき、そのときは私の力を喜んで差し出しましょう。まずは私にその力量をお見せください。私は、自分の目に映るものだけを信じるのです」

「司祭長の言葉とは思えないな。世界王や神々は目には見えないだろう」

 呆然としていたセオドアは、ふっと視線を逸らして照れたように言う。俺は褒めてないからな。そうなったらいいな~って話をしただけだからな。

「だが、わかった。まずは教団を侮辱したことを撤回するよ」

 色仕掛け成功! この儚げな美貌を使わない手はないよな。上手くいくか自信はなかったが、この手はこの先も使えそうだ。

「どうせお前も契約者の座を狙っているんだろう」

 もとの皮肉っぽい顔に戻ってセオドアが言うので、クリスは軽く肩をすくめた。

「出し抜かれないようにしないとな」

 これが同じ攻略対象とは……。まあ、攻略対象はそれぞれ性質が違うのは当然のことなのだが、セオドアとクリスのルートが明らかに別物のストーリーになるのは想像に易い。まあ、ふたりとも主人公に出会ったらどう変わるかはわからんがな。

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