36.世界王の寵愛
セオドアとエドワードの案内をサランに任せると、俺たちはエントランスに戻ることにした。神殿は王宮ほどではないだろうが、とにかく広い。どこになんの部屋があるか、俺でも把握していない。俺は自分の部屋とエントランスくらいしか使っていないのだが。
「噂通りのお方ですね」
厳しい声に振り向くと、マーヤが顔をしかめて腕を組んでいる。これは相当、お怒りの様子だ。
「いきなり契約を持ち出すなんて、王族と言えど失礼ですよ」
「私は気にしていないよ」
曖昧に微笑む俺には不満げな表情を向けるマーヤ。もう何度「契約」という言葉を聞いたかわからないが、そろそろ俺も慣れてきた。司祭長と契約を結んだ者は「司祭長の寵児」と呼ばれるんだったか。よく覚えていないが。
「司祭長殿と契約できれば」クリスが厳しい声で言う。「国王夫妻の心証も良くなり、王宮に戻れるでしょう」
「んー……」
狙いはそれではないような気がする。
値踏みするような視線……。俺の価値を別の角度から見出そうとしているような……? 何を考えているかはわからないが、ただ司祭長の契約者の座を狙っているだけではないような気がする。原作者の勘だ。
エドワードについては警戒しなくてもよさそうだ。たぶん攻略対象ではない。まあ、主人公が現れてみないとわからないこともあるだろうが。
「……難しい顔をして、何を考えていらっしゃるのですか?」
クリスの問いかけに、俺は意識を現在に戻す。いろいろ考えすぎて彼らを置いてけぼりにしてしまった。
「セオドア殿下に何か引っ掛かることがおありなのですか?」
ダンも怪訝な顔をしている。考え事をし始めると黙る時間が長くなってしまうのは俺の癖だ。そんなどうでもいいことは憶えてるのになあ。
「なんでもありません。セオドア殿下が心安く過ごせるよう努めなければなりませんね」
「セオドア殿下は反省のために来られたのです」と、クリス。「特別扱いする必要はないのでは」
「そうは言っても王族です」俺は肩をすくめる。「冷遇すれば神殿が何を言われるかわかりません」
「冷遇とまではいかずとも」と、ダン。「普通の暮らしをしていただけばよいのではないですか?」
「そうですね。他の教団員たちにもしっかり言いつけておかなければなりませんね」
例えセオドアが国王と王妃の怒りを買ったとしても、王族ということを忘れてはならない。そして俺は攻略対象ということを忘れてはならない。これからセオドアがどういう行動に出るか、それをしっかり見ておかなければ。
「ところで」
俺はセオドアと同じくらい気になっていることを思い出して言った。
「聖君は見つかりましたか?」
そう。この世界の主人公のことだ。第二の世界王の寵児と呼ばれる……少年? あれ? そういえば、なんで俺はこの世界のことをBLゲームの世界と判断したんだ? それは俺が悪役神官だからだ。普通の乙女ゲームの世界だったら、悪役は令嬢だろ? 男の悪役ってことは、と思ったんだが……乙女ゲームだったとしても男が悪役でもおかしくはない……のか? ああ、わからなくなってきた。もう考えるのやめよ!
「まだです。司祭長殿には何か神託は降りてきましたか?」
「いまのところは何も」
本当は神託なんてものがなくても俺にはわかるのだ。きっと主人公の出現は免れない。だから、いまのうちに対策を練らなくてはならない。そう、攻略対象との関係を良好に保つことだ。
(俺は世界王を愛さないと宣言した。きっと、世界王も俺を愛するのをやめただろう)
【そうとは限りません】
ナビの機械的な音声が言う。質問や要望じゃないことにも返答するのか。
【世界王は執着深い王であらせられます。きっと世界王はまだフラン様を愛しておられるでしょう】
(ふーん?)
【世界王の加護は失われていません。私が機能しているのがその証拠です】
この案内人は世界王の加護なのか。便利な機能だと思っていたが、本当に世界王の加護が失われたらナビもなくなるということ。なるほど。よくできたシステムだ。
(俺は悪役神官の役目を全うするのか?)
【私にはなんとも。私はフラン様をサポートするだけの存在です】
なんでも都合よくとはいかないか。
俺は、できれば悪役神官にはなりたくない。せっかく攻略対象たちが……友人と呼びたい者たちがこうしてそばにいてくれる。俺はずっと、こんな日を待ち望んでいたのかもしれない。世界王は俺の望みを叶える。寵愛があるなら、俺の破滅も防がれると期待したいところだな。
「どうかしましたか」
クリスに顔を覗き込まれ、俺はまた意識が遠いところにいっていたことに気付く。
「何か悲しい顔をしていますが」
「なんでもありません。少し考え事をしてしまいました」
そうだ。俺は……寂しかったんだ。いまは、寂しくない。もし夢なら覚めないでほしい。この異世界で、そんな歌みたいなことを考えるようになるなんてな。




