34.最悪の目覚め
最悪の目覚めだ。フランとして暮らして来た中で最も気分が悪い。
神殿での朝はいつも爽やかだ。エターナリア王国は天候が崩れることはほとんどない。窓から射し込む陽射しは輝いているが、夢の内容があまりに憂鬱すぎた。
これで世界王とは決別しただろう。きっと俺への寵愛もキリオに渡ったはずだ。きっと攻略対象たちもキリオに夢中になる。それでこの世界はめでたし、だろ。
控えめなノックの音がする。マーヤがいつも静かにノックをするのは、俺がまだ寝ている可能性のことを考えてのことらしい。どちらにせよマーヤが来たら起きなきゃいけないんだから、ノックが大きくても同じなんじゃないかと思うんだが。
「おはようございます、フラン様」
「おはよう、マーヤ」
俺の着替えを鏡台に置いたマーヤが、俺を見るなり心配そうな表情になった。
「どうなさいました? 顔色が悪いですよ。昨日のことでご心配をおかけしてしまいましたか?」
昨日、マーヤは神殿の裏でコーレインが黒マントの人物と密会をしているところを目撃し、それを俺に報告した。それを俺が気に病んだと思ったのだろう。
「ううん、大丈夫。少し夢見が悪かっただけ」
俺は何気なくそのままのことを言っただけなのだが、途端にマーヤの顔付きが変わる。
「どんな夢ですか?」
食い付くマーヤに、俺は思わず怯んでいた。ただ夢見が悪いというだけでそこまで食い付かれると思っていなかった。俺の表情でそれを悟ったらしいマーヤは、少し恥じ入るように咳払いをする。
「司祭長様の夢には意味があるんです。もし悪い夢を見たなら、何か良くないことが起こる前触れかもしれません」
「大袈裟。ただ嫌な夢を見たというだけだよ」
リュクスの件は予知夢として村の危機を知った。そう考えると、確かに司祭長の夢には意味があるらしい。だが、俺は世界王と決別した夢を見ただけで、特に予知夢というわけではない。説明したところで理解してもらえないかもしれないし。
「ですが、嫌な夢の内容によっては……」
「心配しないで。きっと大丈夫だよ」
この世界には、この世界を幸せにする主人公が誕生した。俺がこの世界の存続を望んだとしても、物語の「強制力」はどの世界でも存在するはず。例え俺が悪役神官でなくなったとしても、主人公が現れたことで強制力が働き、俺は悪役神官として破滅するかもしれない。だが、この世界にとってそれが正常なことなのだろう。
* * *
朝食後、セオドア第二王子を乗せた馬車が間もなく到着することが使徒から伝えられた。思いのほか早い到着に、俺は朝食を急いで終わらせることになった。王室としては、セオドアをさっさと追い出したかったのかもしれない。それほどまでに国王と王妃を怒らせてしまったのだろう。
俺はマーヤとダンを伴って正門に向かった。すでに正装したクリスとコーレインが待機している。クリスはギュスターヴ公爵家が爵位を剥奪されたとは言え、王室の人間が来るとなれば挨拶しないわけにはいかない。コーレインは俺の補佐ということで同席するようだ。
「司祭長殿、顔色が悪いようですが、よく休めなかったのですか?」
クリスが少し眉をひそめて言う。どうやら俺は相当、顔色が悪いらしい。もし俺が夢の中で世界王と会話をしているとなれば、この教団にとっては大事になるかもしれない。それについては、いまは口にしないほうがいいだろう。
「大丈夫です。少し眠りが浅かったようです」
「無理はなさらないようにしてください」ダンが言う。「司祭長様はお体が丈夫ではありませんから」
「みんな、心配しすぎですよ」
悪役神官の俺の心配をしても意味はない。いまはこうしてそばにいてくれるが、彼らもいつか攻略対象としてキリオとともに俺を断罪するかもしれない。だから俺の心配をする必要はないのだ。
「今日は正装しているのですね」
クリスが俺の服装を見て言う。俺が身に着けているのは、いつもの無駄に色っぽく肩の出る服ではなく、首から足首までしっかり覆う服に肩掛けもかけている。司祭が対外の際に身に着ける制服だ。
「いつもの服装で出迎えようと思ったのですが、マーヤに阻止されまして」
「第二王子殿下をお出迎えするのに、いつもの服では示しが付きませんから」
マーヤは真面目腐った顔で言うが、何かが言外に含まれているような気がする。俺が首を傾げても、クリスも同意するように頷いている。まあここはマーヤの言う通りにしたほうが過ちを犯さずに済むだろう。




