31.フランの強さ
ナタウェル公爵を見送ってエントランスに戻ると、ちょうどクリスも戻って来るところだった。なんの仕事を任されているのかは知らないが、ひと区切りついたところだったのかもしれない。なんの仕事を任されているのだろうか。そんなにすぐ終わって暇になってしまう仕事とは?
「ナタウェル公爵はどうでしたか」
再び椅子に腰を下ろしながらクリスが問う。その表情には少し案ずるような色が湛えられている気がする。ナタウェル公爵は人畜無害の老人に見え、心配するようなことはなかったが、クリスはどうやらナタウェル公爵にも警戒しているらしい。
「私を守るために誰かを契約するべきだと言われました」
「それは私も同感です」
あっさりとクリスが頷くので、俺は拍子抜けしていた。クリスは俺が契約に前向きになれないことを知っているはずだが、自分以外の誰かなら、という考えがあるのかもしれない。
「いまのままでも充分な能力値でしょうが、誰かと契約してその加護を受けるべきです」
「みんな、心配しすぎでるよ。私は治癒能力を持っています。怪我をしても病気になっても、自分で治すことができるのですから」
俺がそう言った瞬間、ぴり、とクリスの空気が変わるのを感じた。その表情が見る間に険しくなり、怒りの感情すら感じられる雰囲気になる。
「それは本気で言っているのですか?」
厳しい口調で言うクリスに、俺は首を傾げた。本当のことを本当のまま話しただけなのだが。
「例え自分で癒せたとしても、苦しむことになるのはあなたですよ」
「それは誰でもそうでしょう? 私は自分で治せる分、人より強いのです」
確かに腹を抉られたり腕を斬り落とされたりすれば痛い思いをするし、病気になれば苦しい思いをする。だが、それが人間というもの。痛みがなければ死に対する警戒心も薄くなる。だが、その苦しみは自分ではどうにもできないから感じるもの。俺は自分の治癒能力で自分を治すことができる。苦しみは人より少なくて済むのだ。
「しかし――」
「司祭長様」
クリスの言葉を遮り、コーレインが俺たちに歩み寄って来る。クリスは不満そうな表情のままだが、話をここで終えさせてくれるらしい。
「第二王子殿下は明日、神殿にご到着されます」
「明日? それはまた急なことですね……。今日のうちにできる準備をしないと」
「準備はあたしにお任せください」
マーヤが胸を張って自信たっぷりに言う。第二王子がしばらく神殿に滞在すると考えると、確かに彼女たちに任せたほうが確実だろう。
「じゃあ、お願いするよ。とは言え、やりすぎないようにね」
「お任せください!」
歓迎ムードでいれば、第二王子も自分が歓迎させられていると思ってしまうかもしれない。その点、マーヤたちなら上手いこと部屋を仕立ててくれるはずだ。王宮のように贅を尽くした生活はできない。反省という名目で来るのだから、こちらとしては“王族として受け入れる”ことを避けるべきだ。




