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記憶を失くした悪役神官は総溺愛に気付かない  作者: 瀬那つくてん(加賀谷イコ)


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29.神官の妙に色っぽい服

 この神殿も賑やかになりそうだなあ。なんて思いつつのん気にレモネードのグラスを傾けていると、隣のクリスが小さく息をついた。

「第二王子殿下が来られたら、司祭長殿も自室で過ごすようになさったほうがいいかと」

 要はここで教団の観察をするのをやめたほうがいい、ということだ。だが、セオドア第二王子の記憶がない俺は、首を傾げることしかできない。クリスはセオドア第二王子に警戒しろ、という旨を伝えたいのだろうが、俺はクリスがセオドア第二王子の何を警戒しているかを知らないのだ。

「セオドア殿下は男女に関わらず、誰彼構わず手を出すという噂が有名です。司祭長殿もここで無防備にしていれば危険です」

「それは噂でしょう? 良くない噂が流れているのは私もそうです。自分の目で確かめますよ」

 噂というものは先入観になる。クリスは悪気があって警戒を促しているわけではないだろうが、俺はセオドア第二王子について何も憶えていないのだ。顔すら浮かばない相手を警戒しろと言われても、実感の湧かないことである。だが、クリスの忠告を無駄にするつもりはない。警戒すべきと判断したら警戒する。そのためには、自分の目で確かめるしかないのだ。

「あなたは警戒心が薄すぎる」クリスは溜め息交じりに言う。「万がいちのことがあっては、後悔するのはあなたですよ」

「みんな、心配しすぎですよ。神殿の中で私に手出しできる者はいないはずです。それに、団長もマーヤも……」

 俺はレモネードのグラスをテーブルに置き、クリスを横目で見遣る。

「クリス殿も、私を守ってくださるでしょう?」

 薄く微笑む俺に、クリスは不満げな表情になる。それもそうか。クリスは攻略対象で、俺は悪役神官だ。悪役を守りたい攻略対象なんていないだろうな。

 いまは主人公の登場前ってことになる。俺――悪役神官は攻略対象からことごとく嫌われる時期だろう。いまはこうして隣の席に座っていてくれるが、それは助けた恩があるというだけ。団長も、主人公に惹かれれば、俺を守ってくれなくなるかもなあ。

「外してしまい申し訳ありません」

 俺の言い付けた用事を終わらせたらしいマーヤが軽く頭を下げる。記憶がない俺にとって、マーヤの存在はとてもありがたいものだった。まだ二十代前半だが、とてつもなく優秀なのだ。

「マーヤ」クリスが言う。「司祭長殿の服はどうにかならないのか?」

「えーっと……」

 マーヤが困ったように視線を巡らせるので、俺は首を傾げた。

「どうにかとは? 司祭の服を着ていますが……」

「他の服をお勧めしても、暑いと仰って着てくださらないのです」

 曖昧な笑みでマーヤが言う。確かにマーヤは、この肩が出る無駄に色っぽい服とは対照的に、全身がしっかり隠れるタイプの服を勧めてくる。だが……。

「マーヤが選んだ服は暑苦しいんだよ。神殿はこんなに暖かいのだから」

 クリスの言いたいことはわかる。俺もこの世界に来たばかりの頃は世界王の趣味を疑った。だが、他の司祭たちも体のどこかしらを露出した服を着ている。司祭として間違った服装ではないのだ。散々言うので上着は羽織っているのだから、これ以上は勘弁してほしい。あまつさえ肩が出る上着だとしても、暑いものは暑いのだ。

「クリス殿、諦められたほうがいい」

 ダンが真面目腐った顔で言うので、俺はまた首を傾げた。

「記憶を失われてからの司祭長様は……」

「ええ、本当に……」

 意味深に言葉を区切るダンに、マーヤも同調しつつ目を伏せる。何が言いたいのかと視線を向けても、ダンもマーヤも詳しく説明してくれる気はないらしい。気になるところで話を止めるのはやめてほしい。

 そう言おうとしたところで、サランが俺を呼びながら歩み寄って来た。

「ナタウェル公爵がお越しです。司祭長様との面会を求められています」

 俺は思わず顔をしかめた。ナタウェル公爵は以前から教団と懇意にしており、俺が戻ってから何度か面会を求めて来た。だが、いまの俺が会っても面倒なことにしかならない。だからいつもコーレインに任せていたのだ。タイミングの悪いことに、コーレインはセオドア第二王子の対応に向かってしまった。

 俺は諦めとともに息をつき、立ち上がった。いまは任せられる司祭がいない。

「いま行きます。クリス殿はどうなさいますか?」

「私はコーレイン殿のもとへ行きます。私がナタウェル公爵に会えば面倒なことになるでしょう」

 ギュスターヴ公爵家の者が神殿にいることをナタウェル公爵は知らないかもしれない。司祭長誘拐事件の主犯であるギュスターヴ公爵の子息が俺の隣に居ることを知れば、ナタウェル公爵は何かしらの行動に出るかもしれない。俺としても、そういった面倒事は避けたかった。クリスを見送り、ダンとマーヤを伴ってサランのあとに続いた。

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