27.悪役
ダンと入れ替わりでクリスが顔を出した。その表情はいつもと変わらず冷静だが、俺の顔を見ると安堵したように見えた気がする。まあ魔法の使い過ぎで倒れたんだから、心配はするよな。
「司祭長殿、目が覚めて何よりです」
「ご心配をおかけしました」
「いえ。司祭長殿がいなければ、リュクスは滅び、帝国の侵攻を許すことになっていたでしょう」
あれだけ憎まれ口を叩いていたクリスの賞賛に、俺は拍子抜けしてしまった。クリスは噂のせいで俺を良く思っていなかっただけで、俺の働きは認めてくれたようだ。
「私だけではありません。神殿騎士団の活躍がなければ、捕らえることはできませんでした」
俺は正直にそう言ったのだが、クリスは面食らったように僅かに目を見開いた。それもそうだ。きっとこれまでのフラン司祭長は、人のことを褒めることなどなかっただろう。悪役が他人のことを認めるような発言をするなんて想像もできないしな。
「あなたは私が聞いていた人間と正反対です」クリスは静かに言う。「新しい司祭長は何もかも部下に押し付け、ただ贅沢な暮らしをしているだけだと聞きました」
なんて正直な青年だろうか。その噂を信じきっていたわけではないだろうが、先入観というものがあったのだろう。実際、本来の司祭長フランは悪役らしい人間だったみたいだしな。
「そんなのただの噂ですよ」マーヤが厳しく言う。「妬ましく思う者が噂を流しているだけです。フラン様が影の功労者だと知らないからそんな噂を信じてしまうのですよ」
マーヤは心からフランを信用しているようだ。実際、フラン付きの侍女として、フランのことを一番に見ていただろう。だからこそフランの悪役らしい部分がよく見えるような気がするが。とは言え、俺が見た司祭長フランの記憶は断片的でしかない。きっとマーヤには、フランの心が見えていたのだろう。
「今回のことで民の支持を集めることになるでしょう」と、クリス。「王宮が教団に報酬金を出すとのことです。近々、登城を求められるでしょう」
「ではそちらはコーレインに任せましょう」
登城ってことは、宮廷に来いってことだろ? 冗談じゃない。本来のフランだったら平然としていただろうが、俺に国王の前に出るなんてことができるはずがない。そもそも、王宮と関わるのも嫌だしな。なんか面倒なことになりそうだし。フランの右腕と称されるコーレインならどうにかしてくれるだろ。
「ところで」俺は思い立って言った。「現在、この国に聖女や聖君と呼ばれる者はいますか?」
それがいまの俺にとって重要なことだ。聖女、もしくは聖君はこの物語の主人公のはず。将来的に俺を断罪する可能性がある人物だ。
「いまはいません」クリスが答える。「司祭長殿が神託をお受けになっていないなら、まだ現れないでしょう」
なるほど。聖女か聖君が現れるときは、俺が神託を受けるのか。なんてありがたいシステムなんだ。神託というのは神託というからには、神からのお告げなんだろうな。それとも世界王からなんだろうか。世界王が神なのか神じゃないのかよくわからないが。
「聖女や聖君は、エターナリア王国が危機に瀕したときに現れる、もしくは召喚されます。アウグステン帝国が我が国を狙っているなら、その力が必要になるかもしれませんね」
そういうことになるのか。自然に現れるなら止めようがないが、もし召喚するのが俺だったら回避できるかもしれない。だが、おそらく現れる。聖君が主人公であることに間違いはないだろうからな。物語は主人公がいないと成立しないんだ。それについて世界王がどう扱うかはわからないがな。
「……何か心配事が?」
クリスの言葉に俺は意識を現在に戻した。どうやら随分と考え込んだ顔をしてしまっていたらしい。
「何か気に掛かることがあるなら私に言ってください。恩を返させてほしい」
「恩だなんて大袈裟ですよ。当然のことをしたまでです」
確かに俺が身柄を神殿預かりにしなければクリスは投獄されていただろうが、恩というほどのことでもないんじゃないかと俺は思う。ただ司祭長の権限を便利に使っただけだ。それもひいては俺のためだしな。クリスが投獄されることが、俺には嫌だっただけだ。
「長話をしては体に障りますね。私は仕事に行きます。まだゆっくり休んでください」
クリスは真面目腐った顔で去って行く。マーヤも朝食を持って来ると下がって行くと、俺はまたベッドに体を沈め、大きく息をついた。リュクスの民を救えて、本当によかった。あれは何かしらのイベントだ。あの光景に、見覚えがある気がしたのだ。
息をつきつつ目を閉じると、ナビが雑音を発した。それと同時に、脳内に映像が浮かび上がる。ざらついた音声が耳の奥で響いた。
『司祭長様! 南端の村リュクスが帝国の兵に襲われています! いますぐ救援を!』
『そんなもの、神殿騎士団に任せておけばいいでしょう』
ああ、これは俺だ。正確には、俺の魂が流れ込む前のフラン司祭長だ。
『ですが、怪我人が多数、出ています!』
『では司祭を何人か送ればいいでしょう。私? なぜ私が戦地に赴かなければならないのです? 私は司祭長です。司祭長の命がどれほど重いものか、わかっているでしょう?』
いかにも悪役だ。俺が目覚める前のフラン司祭長は、厚顔不遜で、自己中心的。他人のために自ら動くような人間ではなかった。今回のリュクスの件も、本来のフラン司祭長だったら、本当に数人の司祭を送るだけだっただろう。
……ん? あれ? 南端の村、リュクス……?
映像が消えた瞬間、俺の脳内に衝撃が走った。思い出した。物語の主人公はリュクスにいた。突然の襲撃でその力を発現させるのだ。
ということは、助けた民の中に主人公がいたりしたのだろうか……。俺が主人公の登場を邪魔した? 俺が民を救出したことで、主人公が能力を発芽させることを阻害してしまったのだろうか。いや、いまさらそんなことを考えてもしょうがない。俺は自分でリュクスを救ってしまったのだ。重要なのは、主人公を攻略対象と接触させないことじゃないか? だが、残念ながら主人公の顔を憶えていない。俺ができることと言えば、これから自分の断罪を防ぐため、悪役の席を外れるよう努めるだけだ。




