25.制圧完了
救護を始めてどれくらい経ったかわからない。体内の魔力が減っていく感覚は確実にあり、それでも目の前の腕を失った女性を見捨てるわけにはいかない。俺は、ただ、必死に治癒魔法を働かせ続けた。
これまで、誰かのためにこれほど心血を注いだことがあっただろうか。記憶にない人生の中で、人の役に立とうと思ったことがあっただろうか。果たして、俺は誰かの役に立つ人間だったのだろうか。
「司祭長様!」
ダンの声に顔を上げる。ちょうど、女性の腕がもとあった場所に戻った頃だった。
「制圧が完了しました。すべての兵を捕縛しています」
俺はひとつ息をつく。戦いは終わった。あとは傷付いた民の救援だけだ。
「では、王宮に差し出して……」
腰を上げると、立ち眩みがして体が揺れた。足の踏ん張りが利かない。
そこへ、ナビの無情な音が耳の中で響き渡った。
【魔力残量が限界値を下回りました。休息に入ります】
誰かに受け止められた感覚とともに、意識が急速に遠退いていく。
そんな……まだ、救護が終わっていないのに……。
……――
雫が水面に落ちる音がした。誘われるままに目を開くと、見渡す限り白が広がる空間に座り込んでいた。辺りを見回すたび、色素の薄い浅葱色の髪が揺れる。
この特質な髪色によって、俺は膨大な魔力値を持っているらしい。その俺が、魔力残量が限界値を下回った。他の司祭たちは大丈夫だろうか。それより、民の救援は? すべての民を救うことができたのか?
残念ながら、この白しか存在しない空間では何もわからない。白の他には何もないのだ。
そこで俺は違和感に気が付いた。はだしの足が小さく、柔らかそうな脚も短い。手を顔の前に持ってきてみると、まるで子どものようにぷくぷくとした小さな手だった。つまり、俺はいま、子どもの姿をしているのだ。
ふと、誰かに呼ばれたような気がして顔を上げる。頭上も真っ白で、きっと天井はない。それでも、頭上から呼ばれたような気がした。俺の他に何も存在しないのではないかと思う空間で、何かの声が聞こえたような気がしたのだ。
「誰だ?」
辺りに響く自分の声まで幼い。なぜ俺は幼児退行しているんだ? そもそもこの空間がなんなのかもわからないが。
「世界王なのか?」
無意識にそう問いかけていた。俺の転生は世界王からの贈り物らしい。世界王がそんな近しい存在だとは思わないが、なんとなくそう思ったのだ。
また呼ばれる。この声は俺に何かを伝えようとしているらしいが、その正体は掴めない。
そうしていると、徐々に意識が薄れていくのを感じた。この空間にいる時間が終わる。眠くなるような、強引に意識を奪われるような、そんな感覚に身を任せる。
『……――を救う、我が愛する子よ』
目を閉じる瞬間、そんな声が聞こえたような気がした。
……――
次に目を覚ましたのは、神殿の自室のベッドだった。夢の名残りを味わいつつ視線を巡らせると、ずい、と俺の上に影が身を乗り出して来た。
「フラン様! お目覚めになられたのですね!」
それは泣きそうに顔を歪めたマーヤだった。その青色の瞳は潤み、心の底から俺を心配していたことがよくわかる。俺はリュクスで民の救護に回り、魔力残量が限界値を下回ったことで倒れた。心配になるのも無理はないか。
そこで俺は大事なことを思い出し、ハッとして体を無理やり起こした。
「負傷者の救護は⁉」
「ああっ、まだ起き上がっては駄目です!」
マーヤは信じられない力で俺をベッドに押し戻す。確かに体はだいぶ重い。それにしたってマーヤの力、強すぎだろ。
「リュクスの民は全員、無事です。救護が間に合ったんです。誰も死んでいません」
「そう……」
「フラン様がいらっしゃらなければ、死者が多数、出ていたでしょう」
俺は心の底から安堵していた。俺は救護の途中で倒れてしまった。もし体を失った民が残っていたとしたら、他の司祭たちでは癒すことができない。俺の魔力値はすべての民を救うまでもってくれたらしい。
「あの蛮族たちは?」
戦いの場には出なかったため敵の姿は確認していないが、民が生きも絶え絶えの中で教えてくれたのは「アウグステン帝国の兵士」という言葉だった。
「神殿騎士団が王宮に差し出しました。今頃、何かしらの罰則を受けているでしょう」
アウグステン帝国の兵士たちが国を背負って攻め込んで来たのか、それともただ小競り合いを起こすためだけにリュクスに踏み入れたのか、それは本人たちの口から聞き出さないとわからない。もし前者だった場合、自白の魔法でも使わなければどれだけ拷問を受けたとしても吐かないだろうけど。
「私はどれくらい眠っていた?」
「丸一日、眠ってらっしゃいました。魔力をほとんど使い切ったでしょうから」
「魔力の回復に丸一日かかったわけか」
「完全に回復したわけではありません。まだ安静にしていてください」
「わかった」
例えどんな用事があろうとも、マーヤは俺をベッドから出してくれないだろう。心配そうなマーヤにはそんな迫力があった。




