24.争いの始まり
青年の回復を中位司祭のガーディに託すと、俺は離れたところで女性に支えられる武装した男性のもとへ駆け寄った。愛する家族を、この村を守るために戦い、そして返り討ちに遭い傷を負ったのだ。
俺は男性の腹部に手を当てた。出血が多すぎる。早く傷を癒さないと出血多量で命を落とすかもしれない。命の灯が消えれば、俺の治癒魔法は役立たずと成り果てるのだ。
「……アウグステン帝国です……」
男性が息も絶え絶えに言う。その言葉に、俺は制することも忘れて男性の焦点が合わない目を見つめた。男性は血が垂れる口で、懸命に俺に語りかける。
「いきなり……攻め、込んで来て……帝国の……兵士たちが……」
男性の言うことが正しければ、この争いは、ただの小競り合いというわけではないということだ。アウグステン帝国というのがどんな国なのかは知らないが、他国の兵士が小さな村に攻め込むなど、簡単に流せる話ではない。
【アウグステン帝国】ナビの音声が聞こえる。【エターナリア王国に隣接する小さな国。世界王国の神の加護を受けるエターナリア王国の豊かさに目を付け、攻め込んで来たのです】
(戦争が起きるのか?)
【エターナリア王国は中立国。ですが、攻撃を仕掛けられたのなれば応じないわけにはいきません】
物騒な話だ。中立国は例えどんな国でも戦争を起こさない。エターナリア王国が中立国であることで周辺の国もエターナリア王国には手出しをしないはずだが、アウグステン帝国という小さな国は、その拮抗を崩そうとしているのだ。小さな国がエターナリア王国に勝る戦力を持っていると言うのだろうか。
俺は頭の中に意識を向けた。それを騎士たちの脳内に届けることをイメージする。
『司祭長命令です。誰ひとりとして逃がさないこと。決して殺さず、必ず捕らえなさい』
離れた場所から短く応える声が聞こえる。俺の声は伝わったようだ。魔法というものは便利なものである。魔法を題材とした物語のほとんどに『魔法はイメージ』という言葉が出てくる。俺は魔法の存在しない世界で生きていたが、こうして治癒魔法も念話も簡単に使えたということは、豊かな想像力が上手く働いているのだろう。
アウグステン帝国、エターナリア王国だけでなく周囲の国を巻き込んで拮抗を崩す可能性のある国。平和であるべきエターナリア王国に争いを持ち込んだ罪、しかと償ってもらおう。
そのとき、ふと、この場面に覚えがある気がした。一瞬だけ何かの映像が見えた。だが、それを深く考えているわけにはいかない。いまは目の前の傷付いた民を救わなければならないのだ。
「司祭長様!」
司祭が俺を呼ぶ。男性の回復を別の司祭と交替し、声のほうに向かった。そこには、地面に横たわる女性と泣きじゃくる少女がいた。女性は腹部の傷が深く、意識を失いかけている。これだけ負傷していて意識があるのが奇跡であるくらいだ。俺は女性の腹に手を当て、魔力を流し込んだ。
「し……司祭長、様……」
女性の意識はギリギリのところで保たれている。女性が意識を失ったとき、俺の魔法が届かなくなる可能性がある。
「気をしっかり。この子のために、あなたは生きなければならないのです」
誰も死なせない。それが、この世界を創った者の矜持だ。
世界王がこの世界を、俺をどうしようとしているかなんて知ったこっちゃない。俺は自分の意思でここに居る。俺の世界で好き勝手やってるやつらを絶対に許さない。
手に伝わる感触から、女性の腹部の傷がある程度まで塞がったのがわかった。先ほど俺を呼んだ司祭に残りの回復を任せ、俺は次の負傷者のところへ向かった。
戦いの場には近付けない。だが、他の民から離れた場所に武装した男性が倒れている。現場に近付くことになってしまうが、男性は足を失っている。このまま放っておくことはできない。幸い切断された足はすぐそばに落ちており、俺は男性の回復を始めた。
「司祭長、様……ここに……居ちゃいけねえ……巻き込まれちまう……」
俺は感心した。これほどまでに傷付いていても、他人のことを思いやる言葉を絞り出すことができるのだ。平和なエターナリア王国に相応しい民だ。
「私は私の為すべきことをします。ここにいる誰も死なせません」
本来の司祭長フランがどんな人間だったかなんて関係ない。この治癒魔法を持つ手は、いまは俺のものだ。例えこの手が血塗れになろうと、消えようとしている灯を救わないわけにはいかないのだ。
「司祭長様!」
焦燥を湛えた鋭い声が響いた。いつの間にか、男性の回復に集中していた俺のそばまで兵が近付いて来ていたのだ。何か防御する魔法を、と考えるより先に、兵の体は大きな衝撃で吹き飛ばされる。ダンの回し蹴りが炸裂したのだ。
「あとどれくらいかかりますか」
俺はあくまで冷静に問いかけた。アウグステン帝国の兵士たちがどれほどの戦闘力かはわからない。それでも、神殿騎士が敗れることはない。俺にはその確信があった。
「もうすぐ終わります」
ダンの言葉には自信がよく表れている。また戦いに戻って行くその背は、俺の期待に充分に応えてくれるという確信をもたらすものだった。




