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記憶を失くした悪役神官は総溺愛に気付かない  作者: 瀬那つくてん(加賀谷イコ)


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23.司祭長の攻勢

 神殿を出立してしばらく、南の方角が赤く染まっているのが見えた。炎が回り、村の一帯が燃えているのだ。つまり、争いはもう始まっている。

「間に合わなかった……」

「間に合っています」

 失望と無力感に満ちた俺の言葉に、ダンが冷静ながらも力強く言った。

「助けが来たのですから」

「……そうですね」

 きっと、争いによって傷付いた民が多く居るだろう。命さえ残っていれば、(フラン)ならどんな傷でも再生できる。俺が転生して手に入れた能力を、誰かの役に立てる瞬間が訪れたのだ。

 村が近付くごとに、金属音や悲鳴が辺りに広がり始めた。襲撃者、逃げ惑う民。辺境の村に応戦できる者はいるだろうか。きっとそう多くないはずだ。俺が予知夢を見なければ、村が全滅し、襲撃者の手はいずれ王都に届いたかもしれない。王都に及べば生きて帰れる者はいなかったかもしれないが。

 林の向こうに真っ赤に染まる村が見えた。本来なら、教団のトップである俺が真っ先に辿り着くべきではないのかもしれない。だが、いまはそんなことを言っている暇はないのだ。

「先に行け!」

 ダンが騎士たちを振り向いて言う。騎士たちは短く返事をして、金属音が響くほうへ向かって行った。神殿騎士団の能力をもってすれば、襲撃者を撃退するのはきっと容易なこと。俺たち司祭は民の救護に集中できるはずだ。

 ダンの馬に乗せられたまま入村すると、目の前には想像以上の惨劇が広がった。倒れる民、そのそばで泣き声を上げる民。地面は血が染み込み赤黒く変色している。襲撃者は反撃が遅れる夜中に攻め込んで来た。家々は火が放たれ、心地良い眠りの中にいた民は避難を余儀なくされた。そうして襲撃者により傷付き倒れたのだ。中には武装した民もいる。愛する者のために剣を取り、その力が及ばなかったのだ。

 ダンはまたひょいと俺を持ち上げ、馬から降りる。俺は地に足が着くと同時に駆け出した。すでに目の前に傷を負った民がいる。ただ傷を負っただけではない。左足がなかった。前世であれば目を覆いたくなるほどの惨状だが、俺はただ、傷付いた民を助けることだけで頭がいっぱいだった。

 左足を失った男性は、泣きじゃくる女性に支えられている。俺の姿を確認した女性が、ああ、と涙に揺れる声を発する。

「司祭長様……」

「足はどこですか」

 淡々と問う俺の言葉で、女性が震える手で離れた場所を指差す。そこに左足が転がっていた。俺は服が血で汚れるのにも構わず左足を抱え、男性のもとへ戻った。左足をもとあった場所に押し当て、手を添える。俺の中で何かが回るのを感じる。それは光となり、俺の手を伝って男性の脚に注がれた。

「し、司祭長様……俺……俺は……」

 民の目は焦点が合わず、俺を捉えていない。足を失ったことで酷く狼狽えている。だが、男性には命が残っている。俺は毅然と男性を見つめた。

「気をしっかり。あなたはまだ生きています」

 そう、彼には命が残っている。例え、左足を切り落とされようとも。

「誰も死なせません。そのために私が来たのです」

 男性は、ああ、と短い声を漏らす。俺の治癒魔法が男性の体内を巡っているのか、次第に落ち着きを取り戻しているようだった。

「司祭長様!」

 コーレインの声が聞こえた。司祭たちを乗せた馬車が到着したのだ。

「重傷の者を先に!」俺は声を上げる。「司祭長命令です! すべての民を救出しなさい!」

 司祭たちは短くも力強く応える。司祭たちの中に、争いと惨状に怯む者はなかった。

 魔力を注ぎ続けると、男性の足がもとあった場所に馴染んでいく。命が残っていたとはいえ、大量に出血していたはずだ。まだ治癒を止めるわけにはいかない。

「ズィール! この者の回復を!」

 近くにいた司祭に呼び掛ける。俺の治癒魔法は必要なくなったが、男性はまだ回復しきれていない。中位司祭のズィールが男性に手を当て治癒を開始すると、俺は次の怪我人のもとへ向かった。左腕を失った少女が、絶望に満ちた男性に支えられている。俺を見つけたその瞳は、娘の命を失う恐怖に揺れていた。幸い、少女の腕はすぐそばにあった。俺は少女に左腕を押し当て、また治癒を開始する。魔力を多く消費している感覚はあるが、まだ残量は充分にあるはずだ。

「……司祭長様……」少女が弱々しく言う。「あたし……死にたくない……」

「あなたは死にません」

 苦痛に歪んだ少女の顔を覗き込み、俺は安心させようと微笑んで見せた。

「きっと明日にはまた元気に村を駆け回っていますよ」

「本当……?」

「司祭長は嘘をつかないのですよ」

 少女は安堵したように頷く。事実、少女の腕は徐々にもとあった場所へ戻ろうとしている。フラン司祭長が蘇生以外の再生を可能にすることをどれくらいの民が知っているのかはわからない。そのための証明が、このリュクスで開始するのだ。

 少女の腕がくっ付き、少女の呼吸も徐々に安定していく。もう俺の治癒魔法は必要ない。

「サラン! この子の回復を!」

 近くにいたサランと交替し、俺はまた次の重傷者のもとへ向かう。そのあいだ、遠くない場所で激しい金属音と怒号が響き続けている。だが、それも間もなく止まるはず。神殿騎士団がいるのだから。

「司祭長様!」

 コーレインの声に振り向く。彼のそばに倒れている青年は、血の海の中で浮いているようだった。腹の傷が深く、このまま放っておけば命の灯が消え失せる。

 俺は青年の腹部に手を当てた。この様子だと、内臓まで抉れているだろう。俺はいつの間にか血塗れになっているが、そんなことを気にしている場合ではない。服の汚れなど、民たちの苦しみの前では意味を為さないのだ。

「……司祭長様……」青年が息も絶え絶えに言う。「俺……俺の……」

「お話はあとです。まずは呼吸を整えて」

 俺は内心、焦っていた。これだけの傷を負った者がいるなら、命を失った民もいるかもしれない。俺の治癒魔法は、命が残っていなければ役立たずなのだ。

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