22.リュクスへ
裏門へ向かうあいだ、神殿中が大騒ぎになっていた。遠くから聞こえたのは「司祭長様が予知夢をご覧になったらしい」という声。そして争いに怯える声、南端の村リュクスを案じる声。おそらく俺たちの他にも司祭が何人かついて来てくれるはずだ。争いが起きる。そのためには多くの治癒者が必要だ。
「司祭長様!」
足を止めずに振り向くと、正装したコーレインが駆け寄って来る。その後ろに他の司祭たちの姿があった。真夜中にも関わらず、結構な人数が集まっている。
「コーレイン、よかった。司祭たちを集めてくれたのですね」
「できるだけ能力の高い者を集めました。まだ寝惚けている者もおりますが、充分、救護に回れるはずです」
俺のように鮮烈な映像を見れば寝惚けてもいられなくなるだろうが、仕方ない。まだ夜は深い。心地良い眠りの中にいた者が多いだろう。
裏門に出ると、すでに神殿騎士団が編成されていた。こちらには寝惚けている者はいないようだ。一糸乱れぬ姿で整列し、命令を待っている。
「司祭長様!」
ダンが軽く手を挙げると、騎士たちの視線が一斉に俺に集まる。いまさらこんなことに怯むほど狭量じゃない。とは言えさすがにこれだけ鋭い視線が集まると多少はビビるな。それはおくびにも出さないが。
裏門の外には馬車が用意されていた。ダンは当然のように俺たちを馬車に促す。だが、俺は首を振った。
「馬車では駄目です。遅すぎます」
「ですが……」
「団長の馬に乗せてください。私だけでも」
ダンが僅かに目を見開く。無茶なことを言っているのはわかっているが、馬車では間に合わない。それが俺の直感だ。
「事は一刻を争うのです」
「……承知いたしました」
冷静な表情で頷いたダンは、ひょいと俺の体を持ち上げ、そのまま馬に跨った。やっぱり騎士というものは筋力の鍛え方が違うらしい。
後ろを見ると、マーヤとクリスも自分たちの馬に乗っている。実家で騎士団を率いていたクリスはともかく、マーヤにも自分の馬がいることに驚いてしまった。すぐに気を取り直し、俺は司祭たちを馬車に促すコーレインに呼び掛けた。
「コーレイン! 続いてください!」
「必ず追いつきます!」
騎馬と馬車では速力に大きな差がある。だが、司祭たちには自分の馬がない。多少、遅れたとしても、馬車で来てもらうしかないのだ。
コーレインの返事を聞くや否や、ダンは自分の馬の腹を蹴った。ぐん、と一気に加速する圧に負けそうになった俺をダンが支える。鎧に頭をぶつけたが、いまはそんなことはどうでもいい。俺以上に痛い思いをしている者がいるはずだ。
俺とダンにマーヤとクリスが続き、そのあとを他の騎士たちが追う。一路、南端の村リュクスを目指して。この先に待つ戦いの気配に怯みそうになるが、司祭長フランは案外、肝が据わっているらしい。俺は緊張で冷静さを保つので精一杯だったが、脈拍が早くなるようなことはない。
もちろん俺は、戦いの場に立ったことなどない。正直なところ、命のやり取りが行われている場に赴くことは不安だ。前世ではせいぜい病院くらいだったからな。だが、この身体があれば、きっと救える命もあるはずだ。
――嫌だ……死なないで……!
――誰か助けて!
突如として頭の中に響いた声に、俺は小さく唸って頭を押さえた。何かが頭の中に強引に流れ込んで来る。それは吐き気を催すほどに、脳を直接に叩かれているような衝撃すらある。
「魔力を遮断されよ」ダンが静かに言う。「予知夢を見たばかりで念が集まって来ているのです」
なるほどな。リュクスの民が助けを求める声を予知夢で聞いたから、実際にリュクスで溢れる念が俺のところに流れ込んで来ているんだ。
(ナビ、魔力を遮断してくれ)
【魔力を遮断します】
ナビの機械的な声とともに頭痛が治まる。魔力というものがどうやって流れているのかは知らないが、おそらく遮断しているあいだは能力を使えない。だが、リュクスに着くまで遮断しておけば充分だ。
(いつもそうやって従ってくれればいいのに)
【私の役目はあくまでフラン様をサポートすることです】
ぼやいた俺にもナビは機械的に言う。このナビゲーターがどんなものなのかもいまはわからないが、便利であることに間違いはない。俺には魔法の知識が一切、ないからな。しばらくはサポートに徹してもらおう。




