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記憶を失くした悪役神官は総溺愛に気付かない  作者: 瀬那つくてん(加賀谷イコ)


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20.密偵

「ギュスターヴ公爵は事をいたとしか言いようがありません」

 同じくいつからそこにいたのか、いつの間にかダンが俺のすぐ背後に立っていた。その声は冷たく、クリスを見る目も冷ややかなものだった。ギュスターヴ公爵家の人間として、まだクリスを許していないようだ。

「そのような方法で司祭長様を攫っても、足が付くのは当然のことです」

「では、私がギュスターヴ公爵邸にいたことはわかっていたのですか?」

「当然です。ですから、神殿騎士団を向かわせたのです」

 ダンはどこまでも生真面目な騎士らしい。フランには気を許していないが、司祭長という存在の重要性はわかっているのだ。背後に控えているだけで圧力が凄まじく、居心地の悪さを感じるのは、俺に対しても冷ややかな視線を向けるせいだろう。クリスに対するものに比べれば多少、本当に多少、敬意が含まれているような気がするが。

「そういえば、内偵を入れたと言っていましたね。初めから確信を持っていたのですね」

 神殿騎士団は、内偵を入れたことで俺が記憶を失っていることを知っていたらしい。おそらく、他の教団員もすでにそれを知っているのだろう。初めから説明しなくて済んだのはありがたい。俺は説明が下手だからな。

「その密偵がマーヤだったことには気付いていないようですね」

 苦笑いとともに言うクリスに、え、と間抜けな声が漏れた。開いた口が塞がらないとはこのことだ。驚きのあまり素が出そうになるのを堪えながら、努めて冷静に言う。

「ギュスターヴ公爵家の使用人ではなかったのですか?」

「マーヤはもともと神殿の、司祭長殿付きの女官です」クリスは苦笑しつつ言う。「だから司祭長殿はマーヤのことを覚えていたのでしょう」

 確かに、記憶は綺麗さっぱり消えているのに、マーヤのことだけを覚えていたのは不思議だった。他の関りが浅い者たちのことは忘れて、身近にいたマーヤのことだけを覚えていたのか……。だが、そうなると現状、団長のことも覚えていそうなもんだが……。

「では、マーヤは後々、神殿に戻って来る予定だったのですか?」

「はい」ダンが冷静に頷く。「神殿の人間ですから」

 先ほど、マーヤに頼み事をしたのは正解だったのかもしれない。それも、マーヤのことだけを覚えていたことから繋がる勘のようなものだったのだろうか。マーヤに任せればどうにかしてくれる、そう思ったのだ。

「どういう算段だったのですか?」

「まず、マーヤから密偵に入ると申し出がありました」と、ダン。「その後すぐ、クリス殿なら協力してくださると連絡を受けました。それでクリス殿とともに地下廊下から司祭長様を連れ出す手筈を整えました」

 なるほどな。マーヤの立てた作戦はすべて大成功だったってわけだ。だが……。

「それではクリス殿が損をするだけではありませんか?」

「それで当然です」クリスは冷静に言う。「私もギュスターヴ公爵家の人間ですから」

 クリスはどうにも、責任感が強すぎるように感じる。司祭長の存在が教団にとって重要であることは確かだが、誘拐事件に関しては、クリスには責任がないはずだ。すべてはギュスターヴ公爵が仕組んだことだったのだから。

「いまは司祭長殿に救われた命だと思っております」

 ほら、こういうところだよ、こういうところ。あまりに真面目すぎる。例えギュスターヴ公爵家の人間だとしても、クリスの立場では極刑を課されることはなかったはずだ。

「司祭長様の命がなくとも」と、ダン。「クリス殿はもともと減刑する予定だったのです」

 やっぱりそうだよな。クリスの強すぎる責任感が、命を救われただなんて大袈裟なことを考えるようにしちまうんだ。

 それにしても、密偵を務めたマーヤは凄腕だと言わざるを得ないな。どうやってギュスターヴ公爵邸に潜り込んだかはわからないが、ギュスターヴ公爵家の使用人として完全に馴染んでいた。それも、クリスが協力したからだろうか。マーヤにコーレインのことを探らせることを頼んだのはきっと正解だ。フランの腹心とも言えるからな。

「しかし、命を救われただなんて大袈裟ですよ」

「大袈裟なものですか」クリスは小さく息をつく。「あなたは神殿騎士団の冷酷さがどれほどのものか覚えていないのです。父は斬首刑を課されるかもしれません。司祭長を害そうとした罪は重いものです」

 その言葉は、俺の胸中に重いものをもたらした。普通の誘拐事件だとしたら、斬首刑ほど重い罪を課されることはないはずだ。それが、被害者がただ教団にとって重要な存在であるというだけで、罪の大きさは雲泥の差が付くことになるのだ。

 そのとき、俺の頭の中に雑音とともに映像が流れた。正確には、細切(こまぎ)れの映像なのだが。

 俺の頭を撫でる大きな手。逆光を受けながら明るく笑う口元。その顔のすべては見えない。だが、俺はすぐにわかった。

 これは……微かに残った、父親の記憶だ。俺の、大事な肉親。

 俺はダンを睨み付けた。個人的な感情で罪の重さを変えさせるのは、法のもとでは許されないことではないかもしれない。だが、俺にはそれだけの権限があるはずだ。

 俺の言わんとすることを理解した様子で、ダンは重々しい溜め息を落とした。

「本当にお人が変わられたようです。わかりました。極刑を回避するよう取り計らいましょう」

「感謝します」

「私も感謝してもしきれません。あれでも、私にとっては唯一の父親です」

 クリスはあくまで冷静な表情をしているが、その心中に安堵がもたらされたことは声に表れていた。誰でも、家族を失うことは悲しいことだ。そう、誰でも……。

(そういえば、フランの両親は?)

【すでに他界しています。孤児院で暮らしていたフラン様を、前任の司祭長様が拾われたのです】

(なるほどな……。前任の司祭長にとって都合の良い子どもだったのかもしれないな……)

 クリスは、前任の司祭長の罪を帳消しにするためにフランが司祭長になったという噂が流れていると言っていた。そういった点で、フランは便利な子どもだったのかもしれないな。

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