19.無防備な司祭長
それにしても、と俺は辺りを見回す。司祭や使徒たちが忙しなく行き交っているのだが、全員、漏れなく肌のどこかしら露出した服を身に着けている。いま俺が着ている服は神官の制服だとナビが言っていた。対外的な場では肩掛けを羽織るらしいが、神殿の中では誰も身に着けないようだ。何せ、日当たりが良いからだろうか、神殿の中は暖かい。上着を羽織っていると薄っすらと汗をかいてしまう。
これもBLゲーム世界の補正なのだろうか。俺はそんな設定を盛り込んだのか?
【この世界は少々、脚色されています】と、ナビの音声。【それが世界王にとって必要なことなのです】
(世界王は男の色気に魅力を感じるのか?)
【ノーコメント】
呆れて溜め息を落としそうになる俺に、ナビは冷たく言い切る。世界王の趣味はわからないでもないが、肌を露出した男ばかりの司祭たちを見れば、溜め息を落としたくもなるというものである。
ふと、背後に気配を感じた。椅子にかけていた上着が俺の肩にかけられるので振り向くと、険しい表情のクリスが立っていた。いつの間にここにいたのだろう。
「あまり無防備な姿を晒さないほうがいいのではありませんか」
「ん、ああ……そうですね。確かに、誘拐なんてされて、よほど無防備だったようですね」
眉間にしわを寄せながら、クリスは俺の斜交いの椅子に腰を下ろす。何か言いたそうな表情をしているが、小さく息をつくだけだった。俺としても、クリスは少し気掛かりだった。
「神殿でひと晩、過ごしてみて、いかがですか?」
「快適に過ごさせていただいています。私に使用人まで付けていただいて」
クリスに使用人を付けることを手配したのは俺だ。もともと侍女として働いていたマーヤと違い、クリスは貴族のお坊ちゃま。何か不自由することもあるだろうと、女官をひとり付けたのだ。
クリスとマーヤは、俺を救出したことで教団員から高い支持を集めていた。誘拐を企てたギュスターヴ公爵には重い罪を課してほしいとの声もある。それだけ、この教団にとって司祭長の存在が大きいということだ。
「これから、またコーレイン殿に仕事を教わるところです」
「では、いまは休憩中なのですね」
「司祭長殿がどうしているかと思ったので、様子を見に来たんです」
「おや……それは、お気遣いいただいてありがとうございます」
俺は薄く微笑んで見せる。またクリスは何か言いたそうな表情になるが、やはり何も言わない。
わかるぞ。クリスは攻略対象だからな。俺が好き勝手やってないか心配になるのは、攻略対象に悪役を断罪する役割があるからだな。その点については安心してほしい。俺も悪役を全うするつもりはないからな。
「神殿に戻って、何か思い出したことはありますか?」
クリスの問いに、俺は軽く肩をすくめた。
「残念ながら。仕事は他の司祭たちが請け負ってくれているようです」
司祭長には多くの仕事があるようだった。だが、どれも記憶のない俺にこなせるものではなく、他の司祭たちに任せるしかなかったのだ。司祭たちは、司祭長様のお役に立てるなら、と喜んで仕事を請け負ってくれた。どうやらフラン司祭長は人気があるらしい。だからか、俺がここで新聞を読んでいるふりをしていると、ちらちらとこちらに視線を向ける者が多いのだ。
「記憶を失ったのは父のせいです」クリスが溜め息交じりに言う。「父は、司祭長殿が乗った馬車を公爵家の騎士団に襲わせました。神殿騎士団の護衛があったので、数で圧倒するしかなかったようです」
その衝撃が激しく、フランは記憶を失った、と。物語としては筋が通っているが、俺の考えは違う。俺の魂がフランの体に乗り移ったことで、世界王が俺の記憶も、フランの記憶も消したんだ。世界王にとって、俺が記憶を保持していると何か不都合が生じるのだろう。それを知る術はないのかもしれないが、何も憶えていない現状、それについては推測することもできない。ナビはどうせ「ノーコメント」と言うのだろう。




