18.きみを見込んで
教団に戻って来た次の日。俺はエントランスに置かれたテーブルに着いて辺りを観察していた。新聞を読むふりをしつつ、司祭や使徒たちがどんな動きをするのか、記憶がない現状、それは目で確かめるしかなかった。
俺の背後にはダン団長が控えている。ずっとそこにいなくてもいい、と言ったのだが、さすが生真面目な騎士。護衛対象からは離れられない、と言って常に俺の背後に立っているのだ。非常に落ち着かないのだが、自分がどんな能力を持っているか把握できていないいま、確かに護衛は必要なのだろう。
ギュスターヴ公爵家の者はひとり残らず逮捕された。俺が助け出せたのはクリスとマーヤだけだ。ギュスターヴ公爵は、投獄されてもなお、クリスのことを恨み続けているらしい。きっと、クリスの身柄を神殿預かりにした俺の判断は間違っていないだろう。
「お茶が入りました」
そう言ってマーヤがお盆を手に俺に歩み寄って来た。投獄を免れたマーヤは、こうして女官として俺に付いてくれている。正直、よく知りもしない女官より、会って数日しか経っていない俺に親切にしてくれるマーヤのほうが落ち着く。
「何か嫌な目に遭ったりしていない?」
「そんなまさか。神殿の女官は良い人ばかりですから」
「そう。クリス殿はどうしてる?」
「いまはコーレイン様から神殿の仕事を教わってらっしゃいます」
「……コーレインか……」
低く呟く俺に、マーヤは首を傾げる。マーヤ含めて、俺がコーレインを怪しんでいると気付く者はいないだろう。コーレインのことはみなが信用しているらしい。疑っているのは俺だけだ。
「お優しいお方ですよ。先ほど、おふたりにもお茶をお届けしましたが、とても気に掛けてくださいました」
マーヤの話を聞く限り、コーレインは印象通りの人間なのだろう。
だが、俺は……何か嫌なものを感じる。きっとフラン司祭長もそれは感じていたのかもしれないが、見ないふりをしていた可能性はある。何より、家名がないのにフランが拾って司祭にした、という点も気になる。これだけ司祭がいる中、なぜコーレインを拾ったのだろうか。能力値を買って、という可能性もあり得るだろうが、それにしたってなぜコーレインなのだろう。
マーヤはお盆を手に俺を見つめている。俺がコーレインについて何か考えていることには気付いているだろう。
「マーヤ」
俺が声を潜めて呼ぶと、マーヤは俺の意図を察した様子で俺に近付いて腰を屈める。
「きみを見込んで頼みがある。コーレインを探ってほしいんだ」
「コーレイン様を……ですか」
マーヤは不思議そうにしながらも、俺の話に耳を傾けるつもりはあるようだった。
「記憶のない私にはなんとも言えないけど、何か嫌な感じがするんだ」
「コーレイン様はフラン様の右腕とお聞きしました」
そうなのか。それはいよいよ怪しいとしか言いようがなくなってきたな。貴族ではない司祭が、司祭長の右腕と称されている。きっとフランには、俺の思い付かないような狙いがあったのだろう。
「コーレインは、私に拾われて司祭になったと言っていたでしょう? 貴族でもない彼を拾ったのは、それ相応の理由があったということだ」
マーヤは重々しく頷く。俺の言わんとすることがわかったのだろう。
「記憶を失う前の私が何を考えてコーレインを右腕にしたのか、いまの私は自分が信用できないんだ」
「なるほど、わかりました」
マーヤはぐっと拳を握り締める。どうやら引き受けてくれるらしい。ただの女官にこんなことを頼むのはおかしいのかもしれないが、マーヤなら俺の信頼に応えてくれる、そんな気がした。
「けど、深入りはしなくていい。マーヤを危うい立場にしたくないんだ」
「大丈夫です。あたしなら上手くやれますよ」
マーヤは自信たっぷりの笑みを浮かべる。きっとその通りなのだろう。俺は、女官の仕事ではない、と突っ撥ねられることがなくて安堵していた。




