17.教団
神殿騎士団は馬車を用意していた。もともと俺がここに居ると確信を持っていたかのような用意周到さだ。俺は乗馬経験がないのでありがたい。おそらくフラン司祭長にもその能力はないのだろう。まず司祭長をひとりで馬に乗せる教団はないだろうな。
神殿騎士団は引き上げる。その意味を、ギュスターヴ公爵も間もなく知ることとなるだろう。
ギュスターヴ公爵邸をあとにすると、馬車は街中に進んで行く。馬車は数人の騎士に囲まれており、物々しい雰囲気を発している。窓にかけられたカーテンの隙間からそっと外を覗くと、辞儀をしたり手を組んだりして馬車を見送る民の姿が見受けられる。教団の地位を表すような光景だった。
クリスとマーヤも同じ馬車に乗せられたが、ふたりとも俯きがちで、特に口を開くこともなかった。正直、気まずすぎて何度「団長の馬に乗せてくれ」と言おうと思ったことか。
まあ、言ったところでにべもなく断るだけだろうけどな。
* * *
神殿には十五分ほどで着いた。遠くのほうを見渡すと、高くそびえる塔が見える。よくよく目を凝らすとそれは城のようだった。ここは王都。あれはきっと宮廷だ。教団には他の司祭と使徒と呼ばれる教団員で構成されると書かれていた。それなりの規模があるのかもしれない。
馬車の扉が開くと、まずクリスとマーヤが少し乱暴に手を引かれて降りて行った。俺には団長が手を差し出す。正直、この手はとても助かった。何せ、司祭の制服であるローブは裾が長い。支えてもらわなければたった数段でも転がり落ちてしまう可能性があるだろう。
馬車から降りた俺は、目の前に現れた光景に思わず唖然としてしまった。それは神殿が想像の倍以上、大きかったからだ。さすがに城ほどではないが、俺はもっと小ぢんまりとした神殿を想像していた。
まあ、神殿と言うからには教会よりは大きいと思ってたけどな? そもそも教会に行ったことはないが、たまに町で見掛ける教会は一軒家くらいの大きさだよな。そう考えると、確かに神殿という言い方が正しいようだ。
団長に手を引かれたまま神殿の門を潜る。門兵たちはビシッと敬礼をしながらも、俺たち――いや、俺を凝視していた。当然のことだが、司祭長が誘拐されたことは神殿の誰もが知っているのだろう。
神殿に足を踏み入れると、エントランスで女官らしい女性と司祭らしい男性が恭しく辞儀をした。神殿騎士団の連絡を受けて待っていたようだ。
「お待ちしておりました」女性が微笑む。「ご無事で何よりです、司祭長様」
俺はどう返したものかと迷いつつ、ただ頷くだけに留めておいた。記憶がない現状、どう振る舞えばいいかもわからないのだ。
「密偵に入った者から、司祭長様は記憶を失われたと聞きました」団長が言う。「私のことも何者かわからないのでしょう」
「ええ……。私の中は何もかもが欠けています」
記憶喪失が伝わっていることに安堵しつつ、俺は正直に頷いた。いまは取り繕ってもしょうがない。ここで記憶があるふりをしても意味はない。どうせ団長の名前がわからないことはすぐに気付かれるからな。
だが、不思議なことがある。なぜマーヤのことだけ覚えていたのだろう。それはこの先、神殿にいれば何かわかることもあるのかもしれない。
「しばらく、司祭長としての仕事はできないでしょう」
「それでしたら問題ありません」司祭らしい男性が明るく言う。「司祭長様の記憶が安定するまで、仕事はすべて、私たち司祭が請け負います。誘拐などという愚かな行為の衝撃で記憶を失われたのでしょう。どうかご安心ください」
そのとき俺は、不思議な感覚になった。
この男……何か嫌な感じがする。「私たち司祭」ということは、司祭長である俺の部下か何かに当たる者だろう。だが、とにかく何か嫌な感じがするのだ。司祭長の勘というかなんというか……。黒髪であることから攻略対象ではなさそうに見える。記憶がない現状、はっきりしたことは言えないが、監視が必要な、そんな気がした。
「それなら、しばらくは頼らせていただきます。私には学び直しが必要です」
「速やかに記憶が戻ることを祈っております」
司祭らしい男性は爽やかな笑みを浮かべ、俺に対する敬意を表するように胸に手を当てた。人畜無害の好青年のように見えるが、こういった人物が何かしら重要な登場人物である可能性が高いのだ。
「ここではなんですが」俺は言った。「まずはあなたたちのことを教えていただけますか?」
「はい」女官らしい女性が微笑む。「わたくしはサランと申します。神殿では女官として働いておりますが、司祭の能力を持っております」
「私はコーレインと申します」と、司祭らしい男性。「家名のない家の出ではありますが、司祭長様に拾われて司祭となりました。司祭長様の補佐として仕えさせていただいております」
家名のない、という点が俺には引っ掛かった。家名がないということは、貴族ではないということ。フランはただの平民である彼を拾ったのか? 能力が高いという証拠だろうが、どうにも気になるな。
「このお方は神殿騎士団団長のダン・オーウェン様です」サランが言う。「神殿騎士の頂点に立つお方です」
「未熟者ですが、司祭長様の御身を守るのが私の役目です。生まれは伯爵家ですが、先代団長の推薦を受け、団長となりました」
随分と有能な騎士のようだ。まだ二十代のように見えるが、実力は相当のものなのだろう。
騎士団長に司祭長の補佐。どちらも悪役を断罪し得る立場の人間だ。せめてこの世界の情報を得られたらいいんだが……。ナビは当てにならないし。
まるで不満の意を唱えるように、ナビが雑音を発した。不満なら俺に役立つ知識をくれよ。
「お疲れでしょう」サランが微笑む。「湯浴みの支度ができております」
「念入りに清めてください」と、コーレイン。「余計なものが集まっているかもしれません」
そういうのは風呂でどうにかなるものなのか? と思いつつ、俺は頷いた。それからダン団長を振り向く。
「ギュスターヴ公爵家の者たちは任せても構いませんか?」
「もちろんです。お任せください。罪状は司祭長様に委ねさせていただくかもしれませんが」
「わかりました」
これから自分がどうなるかわからないが、とにかくこの神殿で上手くやっていくしかない。きっと俺には他に行く当てはない。例えどこかに隠れようと、また神殿騎士団が探しに来るはずだ。それなら、どうにかここで司祭長を務めるしかないだろう。少なくとも、敵を作ることだけはしないようにしないといけないな。




