15.神殿騎士団
慣れない枕は眠りを浅くする。なんとか寝付いてどれくらい経っただろうか。どんどんどん、と乱暴にドアを叩く音で目が覚めた。窓の外はまだ真っ暗で、浅い眠りの際に起きる幻聴かと怯えていると、ガチャガチャと鍵をいじる音が聞こえた。どうやらこれは幻聴ではないらしい。
「フラン様! 失礼いたします!」
聞いたことのない声色とともにマーヤが部屋に転がり込んで来た。その表情には焦燥感が湛えられており、汗もかいている。何事かと首を傾げていると、マーヤとともにクリスも部屋に入って来た。
「神殿騎士団が来ました」クリスは冷静な声で言う。「公爵家の騎士団が父の指揮のもと抵抗しています」
神殿騎士団。寝起きで上手く回らない頭の中でクエスチョンマークが浮かぶ。神殿騎士団、神殿の騎士団、つまり教団の騎士団。そこで俺はハッとする。教団の者がここに司祭長がいることに気付いたのだ。
「地下廊下に案内します」と、マーヤ。「急いで身支度を」
夜中とは言え、さすがに寝間着のまま出て行くわけにはいかない。例の妙に色っぽい司祭の服に着替え、しっかり上着も羽織る。教団のトップである俺が肩丸出しで保護されるのは示しが付かないからな。
マーヤの手を借りて素早く身支度を整えると、クリスは部屋の外で待っていた。こちらへ、とクリスが先導して歩き出す。暗い廊下を頼りないランプで照らしながら進む。地下廊下、つまり地下に普段は使用しない通路があるのだ。
「神殿騎士団が来たのなら、私を差し出せば済む話ではありませんか?」
「父はそう考えていません。神殿騎士団を返り討ちにするつもりでいるんです」
なんてこった。そこまでして俺を手に入れたいのか。神殿騎士団の規模がどれほどのものかわからないが、一介の公爵家の騎士団では太刀打ちできないではないか。そんな気がした。
クリスは迷うことなく廊下の行き止まりまで行くと、壁を手で押す。隠し扉だ。書籍室に行ったときにも思ったが、やはり身分の高い貴族の家にはこういった秘密の通路があるのだ。地下へ向かう階段に足を踏み入れると、マーヤもランプを灯す。使用人たちに会わなかったのは、みな、怯えて部屋に籠っているのかもしれない。
「神殿騎士団に抵抗だなんて、公爵家が被害を受けるだけではありませんか?」
「ええ。神殿騎士団は後発隊を寄越すはずです。公爵家の騎士団では相手にもならないでしょう」
神殿騎士団はなんらかの方法で司祭長がここにいることを突き止めた。なんとしても司祭長を手に入れたい公爵家vsなんとしても司祭長を取り戻したい神殿騎士団の戦いは、圧倒的に公爵家の騎士団が不利となっているだろう。抵抗したって、公爵家の罪が大きくなるだけだとしか思えないが。
「では、クリス殿は私をどうするのですか?」
煉瓦造りの壁を手探りで下りながら俺は問いかけた。クリスは振り向かないが、きっと苦々しい表情をしているだろう。
「神殿騎士団に差し出します。このままでは公爵家の騎士団の被害が大きくなるばかりです」
「クリス殿は聡明ですね。私もそう思います」
ギュスターヴ公爵はきっと、冷静な判断ができなくなっているのだ。神殿騎士団が夜に屋敷を訪れたということは、公爵家が抵抗する可能性も考えて、使用人たちを巻き込まないよう配慮したのかもしれない。想像でしかないが、そうであれば、神殿騎士団のほうは随分と冷静のようだ。
「先ほど、神殿騎士団の団長に報せを出しました」クリスが言う。「司祭長殿を地下廊下から逃がすと。地下廊下を出れば、団長が待っているはずです」
俺の記憶にはない団長。きっと俺を取り戻すためには、公爵家の騎士団を冷徹に退けることだろう。
こうなってくると、公爵家の騎士団が不憫に思える。おそらく、自分たちの意思で抵抗しているわけではないだろう。ギュスターヴ公爵に命じられ、圧倒的な戦力差の中、必死に踏ん張っている。そんな想像が思い浮かんだ。
「ですが、クリス殿とマーヤはどうするのですか?」
俺にはそこだけが心配だ。クリスもマーヤも公爵家側の人間。神殿騎士団からすれば敵となるだろう。
「仕方がありません」と、クリス。「私は神殿騎士団の処遇に任せます」
きっとマーヤもそうなのだろう。どうにかできないか? このふたりを牢獄に入れたくない。冷静な判断のもと、俺を神殿騎士団に差し出すクリス。親切にしてくれたマーヤ。彼らの誠意に俺が応えることはできないだろうか?




