14.BLゲームの世界
食事を終えると、マーヤは紅茶を淹れてくれた。口に含んだ瞬間、前世の自分が紅茶嫌いだったことを思い出したが、マーヤの紅茶はとても美味しく感じられる。そんなどうでもいい記憶なんて取り戻す必要ないんじゃないかとは思ったが。
「教団は世界王国を崇拝しているようだけど」
俺が言うと、はい、とそばに控えるマーヤが返事する。
「きみたちは世界王国についてどれくらい知識を持っている?」
「世界王はすべての世界を統べる王であらせられます。世界王はすべての民の幸福を願っておられ、すべての人間を平等にするよう生みました。けれど、人間は平等とはいきませんでした。いまの貴族制度なんかは特にそうです。貧富の差は必ずどこの国でも生じます」
ふむ、使用人であるマーヤも知識は充分らしい。この世界では、世界王国に関する教育は平等に行われているようだ。
「世界王のもとには何柱もの神がいらっしゃるそうです。その中で最高位にあるハーグレイヴズ神が、この国を加護している……あたしの知識はその程度ですかね」
その程度、ということは、俺のような神官はもっと詳細な知識を持っているのだろう。他の司祭や使徒に聞いてみたら、さらに詳しく教えてもらえるかもしれない。
「この国の民は、世界王国の何を信仰しているんだい?」
「不平等を忌み嫌うのはどの国の民でもそうだと思いますが、民は平等と自由を望んで世界王を崇拝しているんです」
「なるほどね」
そうなると、このエターナリア王国だけでなく、他の国でも世界王を崇拝する宗教があるのかもしれない。ハーグレイヴズ神はこの国に加護を与えているらしいが、他の神の加護を受ける国もあるだろう。その世界王が俺の魂をこの司祭長に降ろしたことに、どんな意味があるのだろうか。
会話がひと段落すると、マーヤは食器を片付けに下がって行った。さて、と俺はひとつ息をつく。
「なあ、ナビ。俺はどうしてフラン司祭長になったんだ?」
【その答えを私は持ち合わせていません】
ナビは相変わらず機械的だ。俺のためのシステムだと言っていたが、その割にわからないことが多そうなんだよな。
【すべては世界王の思し召し。世界王にとって、あなたという存在が必要だったのです】
「だが、フランにとっては不要だったんじゃないか?」
俺の前世は何かとままならない人生だった、そんな気がしている。だから世界王は俺に贈り物を寄越した。だが、フラン司祭長は贈り物が必要なほど困窮していたとは思えないんだよな。
「フランはこの美貌と、高い地位を持っている。桁外れな魔力値だってある。世界王が平等を謳う世界で最も不平等なほどにな」
【それにつきましてはご自身で理由を探していただくしかありません。私はその答えを持ち合わせていません】
困ったもんだ。何も憶えていないんじゃ話にならない。世界王は贈り物を用意したとか言っているが、記憶がないんじゃその贈り物の恩恵もよくわからないじゃないか。
この世界に関する情報がもっとないかと、俺は縋るように本を手に取る。相変わらず文字は読めないが、技巧を使って読み解くことにはもう慣れた。
もしここが何かしらのBLゲームの世界だとしたら、俺は悪役に間違いない。この雰囲気で主人公なんてことはないだろうからな。攻略対象という可能性も完全にゼロではないが、設定的に悪役がぴったり嵌まるんだよな。
俺の勘が合っているのだとしたら、断罪されるのは御免だ。何か有益な情報を集めないと。そういえば教団に関する本が途中になっていたんだった。
「……なんだ、これ……」
中指と薬指で文字列をなぞりながら、俺は感嘆を上げる。教団に関する本の中に、引っ掛かることが書かれていた。
この世界には「聖女」という特別な人間が存在する。かつて狂乱の世を救ったとされる聖女。聖女が生まれる、もしくは召喚されるのは数百年に一度。男性だった場合は「聖君」と呼ばれる……。
これって……まさしくBLゲームの主人公じゃないか! そして俺が悪役であることが確定したようなものだ。主人公が聖女、もしくは聖君だった場合、俺のような神に仕える人間は敵になりやすいだろ。
これからおそらく、聖君が登場する。俺は悪役として主人公に断罪される……。勘弁してくれよ……。
いや、待てよ? じゃあ、世界王はなんのために俺の魂をフランに降ろしたんだ? もしかして……フランの破滅を防ぐため……か? この世界において、フランの存在が危ぶまれることに不利益があるなら、それが俺の転生の理由としても充分に考えられる。
本を閉じ、俺は深い溜め息とともに天井を仰いだ。
「とにかく、なんとかして教団に戻るしかないか……」
ここで幽閉されたままでは話は始まらない。いまはとにかく、教団が俺を保護しに来てくれるのを待つことしかできない。これだけ高い能力値を持っているのに、いまは何もできないのだ。




