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電脳ハンター[カンティーナ編]  作者: 秋野PONO(ぽの)


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第7話 カンティーナの過去―瞳だけ笑っていない

 これは、今から20年前の2030年、黎明期の日本のAI産業を生きた、当時の研究者、乙葉・ルーズベストの回想だ。

 乙葉は、20年以上たった今でも、眠れない夜にあの悲しい瞳を思い出す。

 

 「あっちのシマ、騒がしいな~」

 乙葉はキャッキャと騒がしい隣のシマを見て、ため息をつく。

 日本公社、AI開発研究室の一角だ。

 この部屋は仕切りで2分割されており、東側(向こう側)には「プロジェクト・アーバンクロノス」の研究開発シマがある。

 乙葉のいる西側は「プロジェクト・クロノスカントリー」の研究開発シマだった。

「口より手を動かした方がいいぞ。また折口がぶつぶつ言うから」

「はーい。……折口、オリーね。あいつ、また、廃棄したんだってね」

 なだめる同僚の猿名に乙葉は話題を振る。

 猿名はパソコン画面から目も離さずにそっけなく答える。

「ああ、試作機?いっぱい作ったけど良いの無かったってさ」

「そうか」

 1日休みを取って出勤してきた乙葉だったが、こちらのシマの空気がさらに重苦しくなっていたのはそのせいだったか。

「ねぇ。猿名さん、私達、そんなに簡単に大量に廃棄していいのかな?感情自律AIでしょ。なんか罪悪感出てこない?」

 乙葉の言葉に猿名は一度だけパソコンから目を離し、目を瞬いた。

「……さぁな」

 猿名はもうパソコンから目を離さなかった。

 乙葉は、「ふぅん」と言いながら、生ぬるい風が研究室に吹いたように肩をすくめた。

 猿名のパソコンの陰気な色合いのプロンプトを眺めていたら、少し肌寒くなってきたような気がする。


「乙葉様」

 陰気な思いに沈む乙葉に、静かな声がかけられた。

 ああ、この子が来てたのね。

 乙葉は笑みを作って答える。

「おはよう、あーちゃん。どしたの?」

 と静かにたたずむ黒髪の女性に声をかける。

 そう、彼女こそ、我がシマが誇るクロノス・カントリープロジェクト最新型感情自律AIの、35A/AE130型。

 乙葉は「あーちゃん」と呼んでいる。……もっともそう呼んでいるのは乙葉だけだけれども。

 

 後々、20年もたって、思い出して乙葉はため息をつく。

 実は、感情自律AIの初期技術を作りあげたのは、のちに零落した、自分達のクロノス・カントリープロジェクト側だった。

 クロノスカントリー、通常「あーちゃん」が形になってフロアを忙しく歩き回っていたころ、反対陣営の感情自律AI、アーバンクロノスはまだ研究室の片隅の椅子に座っていた。

 感情値の調整がうまくいかないとかで、主任研究者の山根凛子はじめ向う陣営の研究者たちはひっきりなしにアーバンクロノスの調整をしていた。

 そのころこちらの陣営のクロノス・カントリーは動いて歩いて笑いかけ、冗談を言って笑わせるぐらいには自律していた。


 回想に戻る。

 

「乙葉様。プロジェクト計画書です」

 あーちゃんは、微笑んで紙を手渡すと、流れるような足取りでシマの向こう側に消えていった。その微笑みは、疲れた研究者を癒やしてくれる天使のような微笑みだと乙葉は思った。

 


 ある日、アーバンクロノスの陣営が騒がしかった。

「どうしたんだろ」

 乙葉は首をかしげる。さあ、と隣の席のエンジニアは興味なさそうに答える。

 後から知ったが、このとき凛子が新しい統合精神制御回路の試運転に成功した日だった。


「ってことで。精神制御回路に名前を付けないといけないんだよ。どうしよっかなー」

 お昼休みの談話室、凛子と乙葉はお弁当を、もぐもぐ食べながら無駄話をしていた。

 乙葉は、凛子の新しい発明に、喜びとともに祝いを告げた。

 

 凛子とは2つのプロジェクトが始まる前から良い友人だった。プロジェクトが始まってからは、あまり交流を好まない上司の折口に遠慮して、離れた棟の談話室でランチを取っているのだが、たまに凛子がやってきてこうして無駄話して帰っていく。

「あー。感情回路がシルフ、論理回路がクロノス、か。神話と歴史だね。神話と歴史をつなぐもの……人間の営み?詩、小説、戯曲、うん、戯曲、か」

「乙葉ならなんか思いつくかなーと思って」

 乙葉は考える。彼女の特技のひとつ。なんかいい感じの命名、という特殊スキルを頼って凛子がたまに難題をしかけてくる。

「そうだ。ファントム・オブ・オペラ。オペラ座の怪人。演じられる舞台の裏で、全てを支配する怪人!」

「悪くないなそれ!あんたに相談してよかった」

 2人でぐふふ、と怪人のように含み笑いしながらコーヒーを啜る。

「それにしても。あんたメガネ似合わないねー」

凛子の容赦ない一言に、乙葉はうるせ、と一言返して凛子を睨む。

 

 だがまぁ、その通りだ。実は最近、39歳にしてもう老眼が信じられないくらい忍び寄ってきていて、あわてて遠近両用メガネを仕立てたのだ。

 しかし、上が遠距離用、下が近距離用のメガネはどうも慣れず、今も凛子の顔が下半分ぼやけている。

 気の置けない友人なので、あんただってその口紅似合わんやろがい、とかそっちこそそろそろ染めに行かんと白髪見えとるで、とか悪口言い合いながら、ぶはは、と笑い合う。

 そんな時間が楽しくて仕方ない。実は乙葉のシマには女性が乙葉しかいない。「使えない人間は要らない」と統括マネージャーの折口の方針なのだが、ほんとうにつまらない。

「あ、あんたんとこのAIちゃんじゃない?」

 凛子が無邪気な声で言う。見るとあーちゃんが書類を抱えて倉庫に行っていた。

 ああ、と思うまもなく、凛子がおーい、とバカでかい声を上げる。

 あーちゃんは戸惑ったような顔をしていたが、まわりを見渡し、他に誰もいないことを知るとゆっくりこちらにやってきた。

「はい。アーバンクロノスプロジェクト、プロデューサーDr.凛子・山根様。何がご用でしょうか?」

 あーちゃんは丁寧な挨拶をする。

「かー、なんだなんだ。堅苦しいね。凛子でいいよ。ランチしよ、ランチ。女の子同士さ」

 今年38になる凛子は女の子ではないのだが、相変わらず適当な女だ。

 笑顔で右手を、差し出している。

 あーちゃんは戸惑っていたようだが、差し出された手をいつもの可愛らしい微笑みで握り返した。


 その笑顔。


 なんのことは無い光景なのである。

 しかし、乙葉には妙に気になる笑みだった。


「喜んで。凛子様。あの、何かお洋服に付いているように思います」

 あーちゃんが凛子の服の袖を指さす。

「あ、バランが付いてる。あはは」

 凛子のお弁当に敷かれていたくっついていたようだ。

 可愛らしい花やきのこを模したキャラが描かれたバランだ。

「バラン、これが……」

 あーちゃんはなんだか不思議そうな顔をしている。

「バラン初めて見た?」

 面白そうに凛子が聞く。

「はい。勿論情報としては知っておりますが、バランとは不思議な名前ですね。仕切り紙、とかもう少し情緒ある名前にしなかったのはなぜでしょう」

 不思議そうに眺めるあーちゃんに、凛子は笑う。

「そうだねぇ。まぁ?忙しい世の中の母には名前なんてどーでもいいから誰も気にしない。名前なんて覚えてないよ!あの緑のやつ!ぐらいの」

「名前なんて誰も……」

 バランを指先でつまむ。

「なるほど」

 乙葉は何がそんなに面白いのか不思議に思うが、あーちゃんはコロコロと笑ってバランをつまむ。

「可愛いですね」

「そう?そればっちいから、ちょっと待ってね。……新品あるよ。ほら、あげる」

 凛子がカバンからごそごそとバランの、束を取り出して、1つ摘んであーちゃんに渡す。

「なんでバランがカバンから……」

 乙葉は突っ込むが、凛子は気にする様子もない。

 そんな2人の様子を、手に可愛らしいバランをつまんだまま、あーちゃんは静かに微笑みながら聞いていた。


 はっ、と乙葉は気づく。

 目が、笑っていないのだ。

 乙葉のかけている遠近両用メガネというのは特徴がある。

 上部分が遠距離用、下が近距離用、対面して座る人間くらいの距離があると、目元はよく見えるのだが、メガネの下に向かって徐々に近距離用に度数が変わるので、口元はちょっとぼやけているのだ。

 口元は笑っているのだ。

 目だけが、笑っていない。


 気のせい?


 

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