第56話 エイコとベラケレス番外 0.6の判断
ベラケレスとエイコがバディを組み始めた初めのころ、ある研究者は不思議なことに気づいた。
一日働いて、現実空間に戻ってきたベラケレスの残エネルギー量が、他のAIよりもかなり多いことに。
最初、計測数値のエラーだと思った。
しかし、その日も、前日も、さらにその前日も同じだった。計器が壊れている様子もない。
おかしい。
ベラケレスの人間離れした美貌も相まって、魔術のような、なんだか恐ろしい存在のように思ってしまう。
しまいには、ベラケレスの帰還ログを見るたびにゾワゾワするようになった。
そもそもベラケレスの総エネルギー量は低い。コリンダーに比べて5分の3程度、アンバーと比べると半分ほどしかない。
それなのに帰還後のエネルギー量はアンバーを上回ってる。
どういうことだ?
帰還後、一番残量が減ってるのはアンバーで、時にはほとんど残ってないことも……!
(これはこれでおかしい! そんなはずないのだ!あんなに潤沢なエネルギーがどこへ……?!)
どうしてベラケレスだけあんなにエネルギーが残ってるのか?
政府回線8080番は一番エンダーも多くて一番減っていてもおかしくないんだけど?
研究者は首をひねる。
しかし、監視映像を見直してようやく気づいた。その正体は魔術ではなかった。
その秘密はエイコだった。
――マイ・マスター、前方エンダー。圧縮します。設定エネルギー量、5996でいいですか?
「うぅーん。多い。5422……うん。5422.86にしよ」
そのやり取りを見て彼は首をひねる。
指示数値が、小数点以下がある……。
エンダーの解析をしてみる。結果だけを見れば、確かに圧縮破壊に必要なエネルギーが5422.86だ。
小数点単位で指示している記録はその後もずっと続いている。
エイコが解析ツールで計算してる様子はない。
見ただけで、圧縮の「必要最低量」を判断している?
「バケモン……?」
常時、異常なほどの単位で節約しているため、チリツモでエネルギーが減っていないのだ。
試しにアンバーの解析映像を見ると、バカみたいに(失礼)どでかい電磁波を小物に撃ったりしてる。
(アンバー……。だからあんなにいっつも減って……)
ある時、我慢できず本人に聞いたことがある。
「どうしたら身につくのですか、あんなの」
「何となく?うーんなんだろうね」
エイコは首をひねった。
何となくではできない技術に研究者も首をひねった。
「あぁー。もしかすると……」
ずっと昔。
小さな頃、親のいなかったエイコは路上でストリートチルドレンの真似事をしていた時期がある。
食べ物はいつでも手に入るわけではないので、集団で店先からちょろまかしたり、畑からかっぱらったりしていた。罪悪感は芽生えなかった。食べなければ生きていけない。グループには5歳から15歳くらいまで全部で15人ほどだったか。
エイコは計算ができる、ほぼ唯一の子供だった。
年齢を考慮しながら、全員に公平に分けるには……。いつも考えていた。段々と、キャベツを見ただけで、どれくらいのグラムか、パンを見ただけで、どう分ければ行き渡るか、見積れることができるようになっていた。
エイコが分けた食べ物はほんとうに0.1グラム単位までぴったり公平で、グループではとっても重宝されていた。
「あるとき、さ」
エイコは窓から当たる光にまぶしそうに目を細めた。
仲間の一人、小さな子が病気になったのだ。
「こっそりね。その子の分だけ、みんなより0.6多くした。つまり1.6倍。それが、ほかの子に気づかれないギリギリ」
照れたように笑う顔は年齢よりずっと幼い。
役に立ったかは分からないが、その子の病気が治ったとき、エイコはホッとした。
生活は苦しかった。生きていくのが精一杯で、自分のことを考える暇なんてなかった。
「でも、何が役に立つかわかんないわね」
エンダーも、見ただけで大体消滅必要エネルギー量が分かる。
そう照れ臭そうに言うエイコの顔を見て納得した。
きっとこんな風に、当たり前のように救って生きてきたんだろう。
そう思うと彼女が今の地位にいることも当たり前のように思えてくるのだった。




