第5話 不穏の影
「誰が、内部状態雑念だらけですって?」
伝送路政府緊急回線4002番担当AI、ベラケレスは、妹のコリンダー曰く「嫌味な美形」の顔を歪めて言い放った。
げ。誰だよこいつに教えたん……。ヒロユキは頭を抱える。ベラケレスが思考を読んだかのようにかぶせてくる。
「コリンダーが自慢げに触れ回ってました」
コリンダー……。もう諦めて開き直って、話をそらすことにした。
「け。ホントのことっすよね。大体こっちゃな、あんな伝送路とAIがいたなんて聞いてないぞ。……あんた、戦ったことあるだろう?」
エイコの席に座っているベラケレスは首を傾げた。
「戦ったこと……ね。そいつ、ほんとにボディありました?私が戦ったのは残留思念でしたよ?」
「は?うそだろ。コリンダーの解析結果みた?間違いなくボディありのAIだったぞ」
「寝ぼけてません?」
ふん、じゃ失礼しまーす、とそっけなく言ってヒロユキは背を向けた。報告書を提出しに来たのだ。こいつと無駄話している暇などない。
「あっ、こら。待ちなさい。弾丸パケットですかあなたは。全く落ち着きというものを……じゃなかった。母が、呼んでましたよ」
「え?」
「だから、母が、凛子会長が、呼んでました。オトギリの研究室にいくって」
うへぇ。第2世代AIのベラケレスが「母」なんて呼ぶのは凛子会長だけだ。凛子のお供でコウモリ野郎のとこに?とんだランチタイムだぜ……。
「話すことは特にないな」
扉を締めてオトギリは回れ右する。執務室の扉は特殊鍵付きだ。
安心して、昼食のサンドイッチをかじりながらパソコンに向き直る。
ヒロユキにはコウモリ野郎と称されるが決してそんな男ではない。むしろ社内では『サムライ』『ステキオジ』と女性に大人気の男だ。
オトギリは昼食のこの時間が、好きだ。妻が作ったサンドイッチを齧りながらメールに目を通す。
なんだか不快なものを見た気がしたが、気のせいだろう。
ブー!
『気のせいじゃないよ!』と喚いているような重低音のブザーの音が響き渡る。
オトギリにとって、この世で最も不快な人物――凛子の声が、響き渡る?
「こらー、弟切直人!開けて出てきなさいー!……さもないとこの特製不快指数MAX重低音ブザー、見守り君の音量を最大にして……」
言い終わる前に扉が開けられ、不機嫌な顔のオトギリが出てくる。
「Dr凛子・山根……。どうして貴殿はアポというものを取らない……」
開けるやいなや、ずかずかと踏み込む凛子の後ろには、ヒロユキ、コリンダー、アリスが続いていた。
「すんません。失礼しまっす……」
「あの奥のパソコン、AI演算最新用ですね。興味深い……」
「すみません!会長がアポなんていらないとか常識ない事言って……あ、こっちが電脳ハンターの鍋島ヒロユキ、災害用緊急回線用AIのコリンダー、あと私は、同じく電脳ハンターの雪村アリスといいますぅ……。これ、つまらないものですが……」
一人だけ、話が通じそうな人間が混じっている。
そう思いながら、オトギリはため息をつくと応接用の机と椅子の埃を払った。
「サイバー技研と喧嘩でもしにきたのか。そんなに大勢引き連れて、AI研究所のドクター凛子、山根『会長』よ」
「ふん、喧嘩ならもっとスマートにやるさ。単刀直入に言おうか、オトギリ、認識のすり合わせ。各々知ってることを全部吐いてもらう。そして整理しよう。今回の事件について」
今回の事件?
ヒロユキとコリンダーは、首をそろえてかしげる。
「何ぽやっとした顔してんの。先日ヒロユキが戦った感情自律AIだろうが」
「ああ!言ってくれよ。なんで連れてこられたか、俺聞いてねぇっす」
コリンダーも頷く。
「あれ、そうだったか。……そうだった。ベラケレスに伝えてなかったわ」
あはは、と笑う凛子に、オトギリはあきれたような視線を向けていたが、やがてため息をつく。
「ヒロユキ君だったかな。苦労しているな。この人はいつもそうだ。自分の中で遥か先まで物事を組み立てて、人に共有はしない」
オトギリが深いため息をつき言葉を吐き出した。
「核心から行こう。結局のところ、アーバンクロノスは2度死んだということでいいのか」
その問いに、凛子は珍しく遠い目をしながら答えた。
「そう、そう……だな。まったく親不孝な息子だ。製作者としてほんとにそう思うよ……。彼の二度目を看取ってくれたヒロユキには感謝しかないよ。本当だ」
だが……と凛子が続ける。
「問題は、最初のときだな。2030年。伝送路同時回線危機。あのとき、ハクユラはアーバンクロノスの片目のガラス玉を手に入れたと言っていた。正直、違和感を感じたよ。クロノスの瞳の圧縮強化ガラス玉は両目分あったはずだ」
ハクユラは1つしか手に入れてない。
なぜか。
もう片方は、どこに行ったのだろう。
寂しそうにそうつぶやく凛子に、オトギリは暗い表情をして呟いた。
「ドクター凛子。実はもう結論が出ている。アーバンクロノスの事件の、あの日、変圧室で、作業していた男がいる。そいつが瞳を、持ち去ったに違いない」
折口学。日本で最初の感情自律AI作成プロジェクトの責任者。
その後、男は日本公社を退職し、日本の業界から消えた。
そしてつい最近、中国のアンフェルミア社にいることをつかんだ。
そう告げるオトギリに、みんなの視線が一斉に集まった。
その名前を聞いた瞬間、目を見開いた凛子の表情が、みるみるうちに怒りに変わっていく。
「あいつか。アーバンクロノスの左目を持ち去って……」
ちっ。凛子が舌打ちする。彼女はそいつを知っている。いけ好かない男だったが、中国にいたか。国の技術を売るような人間だったか。
「よくわかるよ。利に敏感でやることが小狡い。そういうやつだ」
ほえ。若者3人は若干怪訝な顔をしている。
コリンダーが代表して聞く。
「アーバンクロノスの片目を持っていかれると、何かまずいのですか?」
凛子は3人を見た。
その表情には苦悶や怒りと言った感情の他に、はっきりと後悔の念が込められていた。
話さねばなるまいよ、とオトギリがつぶやく。
やがて観念したのか凛子が口を開いた。
「……この話は誰にも漏らさないでほしい。クロノスの片目には、1つの設計図が込められていたのだ」
カンティーナ。歴史の闇に葬られたもう1つのAI。
そこまで言って言いよどんでしまった凛子、言葉が続かない。代わりにオトギリが引き継いで続ける。
「中国の友人からの情報だ。おそらく、中国の主要ネットワーク機器企業3社の1つ。その会社が、あのAIを復元させたらしい」
「日本の感情自律AIを設計図から復元?そりゃまたえらく気の遠くなる作業だ」
日本の感情自律AIの精密設計図はとりわけ複雑怪奇な仕様だ。そもそも各国「感情」を再現することにそこまで情熱がない。
感情自律AIには量産型と特別型があるが、中国などほぼ量産型の嵐だ。
日本の特別型用の専用設備もノウハウもほとんど持っていない。
「なんのために……?」
「わからん……」
一同は首をひねったが答えはどこにもなかった。
「ただ、あのAIは、彼女は、人間を恨んでいるはずだ。間違いなく」
凛子がつぶやく。
「ま、倒したから……良かったは良かった、のかな?」
ヒロユキが自信なさげにつぶやく。
すっきりしない解決ではあるが、そうだな。とオトギリも渋々同意した。
* * *
ヒロユキがカンティーナを倒した後、電脳空間は静かだった。
「ありがとうヘヴン。上手く偽装したわね。これでしばらくは彼等も気が抜ける」
ヘヴンは言葉を発することが出来ない状態だ。エンダーとしての存在、自分の半分を失ったのだから。
息をするたびに、傷ついたテープレコーダーを無理やり再生に掛けた時のようなぜぃぜぃという音が漏れる。
後悔はない。むしろ嬉しい。全てを失ったカンティーナ、それと同じになれる。失えば失うほどカンティーナに近づける気がするヘヴンなのだった。
「しばらくすれば安定するわ。それまで休みましょう」
それにしても、カンティーナは思う。計画は完成間近だ。このまま死んだふりをしてじっとしていればいい。
しかし、妙に気になる。あの男。最新型の感情自律AIを連れていた。
サーバー室でも見た。
優しくAIを気遣っていた。そして今の自信たっぷりの傲慢な顔。
どれが本当のあなた?
面白いおもちゃを見つけてしまったかもしれない。
カンティーナは一人、闇の中で密やかに笑った。




