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電脳ハンター 伝送路に愛は残るか  作者: 秋野PONO(ぽの)
終章 ずっと一緒にいたい

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第49話 ベラケレスの論理 ちょっくら

 女はエイコと名乗った。

 緩やかな川の流れのように、途切れることの無い議論はいつまでも続いた。

 ふいに議論が途切れたとき、時計を見ると5時間喋り続けていたことに気づく。顔を見合わせるとさすがにお互い疲労の影が濃い。

「負けました……」もう間違いない。彼女の知識と洞察の深さは自分の及ぶ範囲ではない。ベラケレスは白旗をあげていた。

「あなたもなかなかだよ。やっぱりAIの論説は綺麗だねぇ、根拠がしっかりしてて。惚れ惚れしちゃう」

 嬉しそうにエイコが参考図書の山をかき分けて、仕分けしていく。持っていっていい?とウキウキと本をかばんにしまっている。

「……どこで、これだけの知識を?」

「うん? うーん。焼け落ちた図書館のごみ捨て場かな。だから結構古いよ。最新情報はノーマーク」

 エイコの言葉に、それが醸す空気にひるむようにベラケレスは言いよどんだ。

 冷えた空気が室内に舞い込んでくるのは、夕方になって急に温度が下がったからだろうか。


 返せないベラケレスの代わりにエイコが自分で言葉をつなぐ。

「言っても、ゴミより人間焼いてる方が多かった。だからいっつも確認して、今日もハズれか〜って思ってたな。でも時々お宝があるのよ」

 あけっぴろな物言いの裏に、冗談のように簡単に闇が顔を出す。

 それを受け流すことも、同情することもできず、ベラケレスの表情が引きつりながら固まる。

 

 「人間の脂がついて開けないページの修復うまくなったよ~」

 おちゃらけたように言う。

 けれど。


 瞳だけは笑っていなかった。


「まぁ、みんな、死んだけど。兄弟も、仲間も……」

 今日交わしたどんな議論よりも深く、その言葉は胸に沈んだ。

 返す言葉は、見つからなかった。


 * * *

 研究所には個人にブースが与えられている。ベラケレスのデスクはサーバ室に置いており、めったにそれ以外の場所にいくことはない。

 しかしその日は頼まれごとをしていて研修生の資料の作成を手伝っていた。難しくはないが無駄に内容が長く間違いだらけ、資料を修正して作り終えたころには日を跨ぎそうな時刻になっていた。気づけば12時間以上食事も休憩も摂らず研究室に籠っていたのだ。体がバキバキに固くなっていた。人工ボディは動かさなければ固まる。

 しかたなく資料を束にして引き出しに仕舞い、立ち上がる。


 コーヒーでも飲もうか、と席を立って食堂の方に向かった。ふと、向かい側の部屋から微かな明かりが見えた。ほんの少し扉が開いている。

 そのときだった。

 部屋の奥に、倒れている人を見つけたのは。


 慌てて駆け込むと、真っ白な白衣を着た女が床にうつぶせに倒れている。

 周囲にはガーゼが散らかっており、使用済みの注射器が箱からこぼれていた。女の腕を取ると、虫刺されのような赤い跡と、乾いた血が点々と残っていた。周囲を見れば、ゴミ箱にも針やガーゼ、用途不明の小さな機器のようなものや包帯であふれかえっている。

 膝を折ってしゃがみ、声をかけるが反応がない。

 救急車を呼ぼうとポケットの電話に手を掛けたとき、「うぅん」と小さな声が聞こえて女が起き上った。

 顔を見てあっと声をあげる。あの時の女――エイコだった。

「あれ? やば、死んでた?」

 ははは、と笑うエイコは、散らばったものをかき集め、椅子の上の箱に投げ入れた。先ほどまで意識を失っていた人間とは到底思えない素早い動きだった。

「水、は……」とつぶやくエイコに机の上にある水差しから水を継いで手渡す。

 そばにある紙の束に、その上部に記載されている文字に、ベラケレスの目線は吸い寄せられた。

「鎮静状態での電脳空間ダイブと小脳活性化組織比較……?」机の上には書きかけの論文が乗っている。

「うん。とりあえず4回程度はサンプルが取れたからね、鎮静の量を増やしてみようかなって」

 つまり人体実験だ。

「……なんてことをするんですかあなたは。自分で自分の体を……危険すぎる」

 ベラケレスの感情を押し殺した声と、エイコののんびりした声が交錯する。

「へへ。成功確率は89%だったんだよ。ちょっと確率の女神様にいじわるされちゃったみたい」

 水を受け取り喉を鳴らしたあと、しばらくぼんやりしていたエイコは「もう1回……」と手を伸ばしかける。

 ベラケレスはそれを手ではたき落して、エイコから注射針を取り上げる。ついでに軽くにらみつけたがエイコは怯まない。

「大丈夫、大丈夫だよ。失敗してもちょっくら跳んじゃうだけ……」と注射器の箱に向かう。

 

 その言葉で、ベラケレスの思考が止まった。


「私の相棒も『ちょっくら』から帰ってこなかった!」

 その声量に、エイコの目が真ん丸に開かれる。


 ベラケレスは手を離して「……すみません」と詰めていた息をゆっくり吐き出した。そのまま椅子に倒れるように座り込む。

2026年8月4日追記 先ほど本作の設定を何気なく確認したら、なぜか「完結済み」設定になってまして、慌てて戻しました!本作はあと一ヶ月ほど続きますー!!(予約投稿は全て終えてますので完結保証です!♪)是非楽しんでいただければと思います!


来週から2週ほど、週3→週4になります。ベラケレスなっげぇと思った皆様、申し訳ないです…。しばらくベラちゃんです…!

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