第47話 ベラケレスの論理 一人でいい
あれは何年の何月のことだったか。暑い日だったことは覚えている。
第3サーバ室の空調が壊れて、不快な音を立てていた。ギィ、と錆びた音に皆が耐えかねて、早々に対処班を呼ぶと、代わりに古い扇風機が置いていかれた。
熱波を扇風機1つでしのぐ陰鬱さばかり、よく覚えている。
暑い日だった。
山峰が死んだと連絡が入ったのは。
相棒は災害の復旧ボランティアで、あっけなくいなくなった。
過労だったらしいと担当者がため息をつく。
「ちょっくら1か月ほど行ってくる。嫁の実家近くでな。日頃、頭あがんねーからちょっとした罪滅ぼしさ」と善人であることを、照れ隠しの愚痴に紛れ込ませて向かったのが、たった4週間前だ。
そんなわけない。
何かの間違いだ。
と最初は思った。
けれど。
訃報が彼に届いた3日後に、山峰のデスクの清掃が行われた。
手際のよい事務方の手腕で、きびきびと片付けられていくデスクの小物を、ベラケレスは隣で眺めていた。
椅子の背もたれの黒い上着も、机の下に置かれたLLサイズのサンダルも、アクリル板に貼ったカラオケ大会の優勝ステッカーも取り払われ、素早く段ボール箱にしまわれた。
流れるような作業で山峰の席のネームプレートの金属板も取り外される。
それは彼の眺めている前で白い布で縁まできれいに拭かれ、布が離れた頃には、黒々とした金属板が、新品のようにツヤツヤと光っていた。
人間の死は知っている。寿命のことも、事故のことも、体がなくなることも知っている。
でもこの冷たい金属板の、落ちくぼんだ黒光りの寒さは、知らない。
つるりとした側面を見せるデスクも、ワックスのかけられた床も、何もかも見慣れたはずの光景なのに。
温度のないその冷たさも、殴るように視界を刺してくる光景の痛みも、知らない。
キン、と頭が、冷却液をかけたように冷えた。
山峰に聞いてみたかった。
どうしてそんなに早く歩いているのですか。
そんなに急いでどこへ行くのですか。
どうして私も連れて行ってくれないんですか。
私たち、相棒でしょう?
答えはなかった。
それからもベラケレスの仕事ぶりは、傍目には何の問題もなかった。
ただ、一つだけ。
人間の相棒と組むことはもう決してなかった。
当時も今も電脳ハンターはバディ制であり、相棒候補は星の数ほどいた。しかし、彼は次々と送られてくる候補全てを「不適格」として断り続けた。
能力不足、経験不足などと指摘しては、途方もない数を拒否し続け、担当者がいよいよ困り果てた頃「相棒なんて必要ですかね? 今の研究所内の人間では、効率が落ちるだけです」と冷たい表情で最終判定を突き付けた。
どうしても人間とバディを組まなければならない仕事の時、当時まだ所長ではなかったヘンリーが付き添っていた。
しかし、彼がヘンリーの方を――かりそめの相棒の方を向くことは、ほとんどなかった。
いつも遠くを見つめるように前を向いていた。
だから、ヘンリーは当時、彼の横顔くらいしか覚えがない。
連携の作業をする際も、目線をわずかに目的のエンダーの方に向け、攻撃するように顎で促す。的確だがフォローはない。
当初、協調性を重視するヘンリーにはその無関心ぶりを見過ごせなかった。なので注意したことがある。
「お前、もう少しコミュニケーションを取れよ。親しい人間を、仲間を作れ」
しかしその言葉は素通りしたように流れた。聞こえているんだかいないんだか、興味がなさそうだった。
ヘンリーはそんな態度をさらに諫めようと口を開きかける。
そのとき。
「親しい人間なんて作る必要はありません」とピシャリと鼻先に叩きつけるような言葉が返ってきた。
ヘンリーはムッとして顔を向けた。けれど。
――失ったときが怖い。
その横顔が、そう言っているようで、それ以上何も言えなくなった。




