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電脳ハンター 伝送路に愛は残るか  作者: 秋野PONO(ぽの)
第6章 再接続

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第41話 これから積む時間

そんなやりとりから一週間ほど経った、とある昼下がりのことである。

 ヒロユキとアンバーは、研究所内の疑似訓練場に接続していた。

 電脳空間に近い環境で技の挙動を試せる、ハンター用の訓練システムである。


「……だめだな。ノイズがあると見えねぇ。ノイズを抜くと空っぽ」

 ヒロユキは、新作の解析機が吐き出す数値を見てため息をついた。


 エイコに促されて組み立てた理論は、紙の上では筋が通っていた。

 だが実戦に落とし込むと、どうしても形にならない。


「VBTならいけると思ったんですけどねぇ」

 アンバーも解析機を片手に、疲れた顔で頷く。

 定時後に五時間。三日連続。さすがに声が細い。


「ノイズの種類、変えてみます? 例えば夜間ノイズとか」

「……夜。……ムリ!」

 その時ジリリ……とどこかともなくベルのような音が鳴る。

「あっごめん俺そろそろ帰るわっ。あとよろしく!」

「ちょっと待って、なんなんですかそのタイマー!昨日も鳴ったけども!?」

 タイマーをポケットに大事そうにしまってそそくさと接続を切る準備を始めた。

「ん、なんでもない!あ、夜やってみて、ノイズレベル2ぐらいで、結果朝イチで俺のデスクんとこ置いといてなっ!」

 「人を置き去りにする速度が速い!」

 アンバーが騒いでる間にも、ヒロユキの姿は空間の奥へ溶けるように消えた。


 アンバーと別れたあと、ヒロユキは大きな機材を抱えて研究所の廊下を走っていた。

 廊下の奥の奥、古ぼけた扉の前に来るとピタリと止まって息を整える。

 資料室として以前は使われていたその部屋は、時代が進むとともに紙が役目を終えて今では空き部屋になっていた。

 

 そこを管理部に頼み込んで貸してもらったヒロユキは鍵を押し込むと扉を引いた。

 さび付いたような音を立てて扉が引かれる。

 中はがらんとした空間だ。湿気もなく、窓からの日の光が当たって壁をキラキラ照らしている。乾いた土が鼻に太陽の香りを同時に運んできた。

 

 数週間前最初に扉を開けたとき、積もったほこりに眉をひそめ、必死で床を磨き掃除し窓を拭いて整えた。今は最初のように鼻がむずむずすることもない。ヒロユキは、満足そうにその香りを鼻いっぱいに吸い込んだ。

 そして中央に置いているテーブルの上に、正確にはその上に置いてある5つの鉢植えに近づいた。

 

「さて、元気だったかお前ら」

 陽気に呼びかけるヒロユキだったが、当然人はいない。

 気にする風もなく小さなポットに液体を注ぐと次に刺した。そのまま、てきぱきと古くなったポットを取り換え、土と葉についた埃をブラシで払い、最後にハサミを持ってじいっと葉を見つめた。

 

「この……辺?」とハサミを持つ手はぎこちない。

 しかし、この上ない慎重さで確実に余分な枝を切り落としていく。上の部分から少しずつ、角度を変えて左右、上下から確認しながらハサミを入れていく。

 

 正直最初はこんな面倒なこと……と思った。

 何度も何度も枯らしかけたし、忘れかけて半日放置したこともある。

 あのときは慌てて駆けつけたら虫に食われそうになっていて、恥ずかしながら悲鳴を上げかけた。

 

 だが、店主の「盆栽の一枝は時間の積み重ね。あなたの相棒さんが失った時間を考えてみなさい」という言葉を思い出した。

 そうしたらとても投げ出すわけにはいかない気持ちになり、ひたすら律儀に世話をしていた。

 しばらくして要領が分かりかけてからは、少し楽しくなってきて、気が楽になった。

 今では日に数回、"ここ"にやってくる。

 日の当たり方、水、栄養、どれをとっても繊細でその日その日で様相が違う気すらする。

 その様子が何かに、いや、誰かに似ている気がする。

 しかし、静まり返った温室の一角では全然言葉が出てこない気がして、ただ黙って沈黙を浴びた。

 じょうろの角度を水平に調整して溜まった水を光に当てて眺めると、かさ、と葉っぱが風に揺れて何かを教えてくれた気がした。

 

 ***

 それからさらに3日も経った後、ヒロユキは、その盆栽の鉢植えをようやくコリンダーに渡すことができた。

「ごめんなさい!」と目の前に突きつけられた鉢植えを前にコリンダーは固まっている。

 やがてその鉢植えから覗く葉を見つけるとじいっと目を細めて一言つぶやいた。

 「……葉が、曲がってますね」と目線を鉢と水平にしながら細かに確認しているその目からは感情がうかがえない。次に横から葉の裏を見て「ぎざぎざ……」とハサミの切り口を観察してようやく少し笑った。

 ヒロユキはすっかり勢いを無くして、「それについてはなんつーか……いや。俺にはこれが精いっぱいだった……」とだんだんと声が尻すぼみになっていく。それ以上コリンダーの方を見ることができない。

 

 怒られることを覚悟したほどの沈黙の後、降ってきた言葉に少しだけ空気が和らぐ。

「……でも、悪くないんじゃないですか」

 それにヒロユキが反応する前に、「栄養、あげてきますね」と一言残してコリンダーはもう背を向けていた。

 「?」と困惑するヒロユキをその場に残してコリンダーの腕のビニール袋がぷらぷらと揺れた。


 仲直りしてから後もずっと、コリンダーは毎日足取り軽く自分の温室に足を運んだ。

 窓を開けて新鮮な空気を送り込んでから扉に鍵をかけて眺める。

 しばらく自分の鉢植えを見つめる。

 けれど今日はここじゃない。薄いカーテンの引いてある奥の一角、そこに一つだけオレンジの鉢植えが置いてある。

 左右のバランスの崩れている葉っぱ。


 けれど、それがいい。

 コリンダーは隣の小さなパイプ椅子に座ってずっとそれを見ていた。

 種類としてはモミジの若木。少し水が足りない。光はさほど。調整済み。

 情報としては入ってくるが、頭には入ってこない。

 かわいい葉っぱ。それだけだ。

 そして中央の新芽をゆっくり見ていると少しだけ、少しだけ何とも言えない気持ちが出てくる。

 それはアスファルトを破って出てきた新芽を道路で見た時のような気持ち。

 すがすがしくて気持ちよくて――なぜかくすぐったい。

 自分がそのアスファルトになったかのように。柔らかい新芽がそっとくすぐってくるように。

 飽きもせずずっと見つめていると、そのうちかわいいよりも「くすぐったい」が大きくなってきて、どうしようもなくなってくる。

 コリンダーは、自分がうろたえていることに気づいた。

 そわそわしてざわざわして、とにかくくすぐったい。

「……」気づいたら何か言った気がしたが、知覚できなかった。

 

 しばらくそうしていて、やたら疲れた気がして、そっとカーテンを開けた。

 今日はもう終わりにしよう、そう思ってふと古い壁にかけた鏡が目に入った。


「そういえば……」とつぶやく。最近少し前髪が邪魔になってきた。

 少しの調整でなんとかなりそうだった。

 善は急げとばかりに剪定のハサミをまっすぐに当てて……。


 そのとき。

 

「コリーンダー!!!」

 扉が乱暴に開けられて、同時に「ジョキン」と不穏な音が鳴った。


 1時間後には、ひたすら謝り倒してはコリンダーの顔を見て「ぷっ」と吹き出してこれ以上ないほど冷たい目で見られたヒロユキが観測されている。

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