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電脳ハンター 伝送路に愛は残るか  作者: 秋野PONO(ぽの)
第6章 再接続

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第40話 失くした時間は戻らない

 コリンダーは研究室脇の小さな部屋で、ハサミを片手に思案していた。

 部屋には所せましと渋い色合いの鉢が置いてあり、人工の光を当てる自然光再現ライトが天井に取り付けられ暖かな光を放ち、コリンダーの柔らかい髪を照らしている。

 静かに時が流れている。

 実は折から残業続きでこの部屋にやってくるのは3日ぶりだった。

 彼女がこの世の何よりも愛している小さな鉢に乗せられた小宇宙たち――人が見ればただの盆栽の鉢植えである――は手のひらサイズの小さいものから一抱えもある大きいものまで実に80個以上部屋に置かれている。

 

 そう、彼女の趣味は「盆栽」である。

 コリンダーは時折鉢植えに当たる光の角度を変えるために鉢を動かしてみたり、ハサミを手に取って枝を剪定したりしていた。

「至福……」

 恍惚とした表情でハサミを枝に当てている美人というものは恐ろしい雰囲気があるが、今のこの部屋には彼女以外誰もいないので、無問題である。


 ハサミを持って枝を剪定する時間、まるで世界が止まって自分だけが動いているこの小宇宙を眺める神のような荘厳な気分になる。

 パチン

 少しだけ音がする。

 それすらも厭うように小さく小さくハサミを入れる。

 

 突然、バンっ!と激しい音がしてドアが叩きつけられるように開かれる。

「コリーンダー!必殺技なんだけど……」

 ジョキン!と大きな音がしたのにヒロユキは気づいてない。


「アンバーとあの技練習してみようと思っててコリンダーにも実践目線でアドバイスほしいってかさ」などと楽し気に話しかけてくるヒロユキは背中を向けたコリンダーの肩が震えているのに気づいていない。


 悲劇はいつでもだれにでも降りかかる。

 

 * * *

「……んで、絶交されちゃったわけね」

 朝の始業時間、静かなオフィスにヘンリーの呆れたような声が響く。

「知らなかったんだもんよ……あんな部屋あったなんて……」

「あ~、コリンダーの盆栽部屋なぁ。いちお許可取ってあるからあいつの特別室よ。それにしても……」

 机の上には、鉢植えが一つ置かれており、見事な松の盆栽が鎮座しているが、その斜め右側に向かって伸びている枝の一部が派手に削げている。

 コリンダーはと言えば、この場にはいない。

 ヘンリー曰く「2日間の有給届が出ている」とのことでヒロユキは代替ハンターのミーシャと二日間任務に当たった。

 しかし、3日目にコリンダーが出てきたときに事態は急変した。

 どうやらコリンダーは2日間なんとか形状を戻そうと奔走したらしく、結局いかんともしがたく静かな表情で鉢植えを持ってきて机に置き、ヒロユキに一言言った。

 

「当面、あなたとの通信は、必要最低限に限定します」と。


 詳細を聞いたヘンリーはぶる、と震えた。しんとした空気が部屋に流れている。

「お前それはまじでやったな……」

「これ……直りませんか……」ヒロユキは往生際悪く鉢を持ち上げて角度を変えたり、スマホで盆栽販売店の電話番号を調べたりしているが、ヘンリーが一言。

「ちなみに盆栽界では、枝一本が人生一本分くらいの重みを持つらしい」

 

 その言葉を聞いてヒロユキは、喉に日本語がつっかえたような変な咳を漏らした。


 * * *

 午後から気温が高くなって陽射しの照り付ける昼下がり、ヒロユキは大きな袋を抱えて都内の有名な盆栽店に来ていた。

「お願いします!お、ん、な、じ、のを!お金ならいくらでも払います!」

「と言われてもねぇ」

 カウンターに置かれた不格好な鉢植えを見ながら老齢の店主はため息をつく。

 国内の名だたる盆栽作品を取り扱い有名人御用達の大きな店舗である。平日の昼下がりでも人は多く、隣のレジの女性が不信そうな目を向けてこちらを凝視している。

 店主を捕まえて離さないという意気込みで拝み倒している青年に好奇の目を向けている者もいる。

 店内は植物のために温度を最適化しており、冬といえども暖かい。カウンターに手をかけてだらんとしゃがみ込んでいるヒロユキの額には汗がびっしり浮かんでる。

「とりあえず頭をお上げになって」と店主が静かに宥めた。

「同じもの、は買えません」

「なんでっ……」

 すがろうとするヒロユキに、店主が言う。

「盆栽は時間を吸って生きている生き物です。同じ鉢はこの世に一つもない」

「そんな……じゃあどうすれば」

「失くした時間は戻りません。けれど、これから積む時間ならあります」

「……積む?」

「まずは、育てるところからですねぇ」


 こうやってね、と店主が声を落とした。

 ひそひそ、とやり合ううちに店内には不思議な静けさが戻ってきた。

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