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電脳ハンター 伝送路に愛は残るか  作者: 秋野PONO(ぽの)
第6章 再接続

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第39話 永遠に大切な娘へ

 AI研究所の頭脳、秋月泰宏。

 今年47歳、好きな食べ物は、りんご。

 

 監視AI達の電脳空間での命綱である疑似目システム、戦闘訓練システム、その他多数のAIシステムを開発した人物である。

 およそAI研究所のシステムで彼の息のかからないものはないほど多彩な活躍を見せる彼である。


 しかし、そんな実績が霞むほどの重大な特記事項がある。

 彼は、何を隠そう、最新AI、コリンダーの養父なのである。

 

 AIに「養父」とはいかに、と思う人間もいるかもしれない。

 しかし、現代の感情自律AIには養親制度というものがある。

 彼らが精神年齢20になるまでしっかりサポートする、社会制度としての仕組みである。


 この話題になると決まって秋月は思い出すことがある。

 AI研究所の会長である凛子は、時折、近くの小さなバーで秋月と酒を酌み交わすことがあるのだが、そのたびに決まってこの話になった。

「アーバンクロノスやベラケレスの時代には、無かった制度だねぇ」

 氷をマドラーでかき回しながらそうつぶやく凛子の愚痴を聞く。

「せめて、ベラケレスに間に合わせてやればよかった」そういってさらに寂しそうに笑う凛子に、秋月はいつも胸が痛む。

 初めて感情自律AIを開発し、いまだに現役で世界をとびまわり、世界中にその影響力を及ぼしている山根凛子。

 それでも、そんなときだけは、その肩がとても小さく見えて、胸が詰まる。

 

「……まあ、ベラケレスはあれはあれで立派に育ちましたから。あなたも母として立派に立ち回った」

 しかし"母"という呼称も気に入っては無いのだろう、凛子はギロリと秋月を睨む。

「あんたがコリンダーの養父になったことも、危ない橋だったさ」

 藪蛇である。

「だーからー、ちゃんと審査受けましたやん」

 凛子の恨みがましい目に、思わず生粋の大阪人である秋月の関西弁が出てしまう。

 その後べろべろに酔っぱらった凛子を介抱しながら、妻の紗枝子に夕飯はいらないと疲れた声で電話する秋月だった。

 

 それはともかく。

 話題に上がる通り、秋月がコリンダーの養父になることに対して、当初、凛子は難色を示していた。

 

 凛子はかつてハクユラと恋に落ちてしまったアーバンクロノスのことが頭から離れなかったからだ。

 ハクユラは、主任研究員かつボディメンテナンス担当のハク・ヨジュンの妹だった。

 彼女とアーバンクロノスはいつの間にか仲良くなり、いつのまにか離れられなくなり、いつの間にか悲劇に巻き込まれていた。

 研究者とAIは、近すぎれば冷静な判断を無くしてしまうのではないかと、凛子は本気で考えている節があった。

 

 その心配を、秋月は「自分達夫婦には子供がいないし、今は当時と違ってサポートも充実してるから大丈夫」と押し切った。

 今思えば危ない橋ではあったかもしれない。

 

 ただ、幸運なことに凛子の危惧は実現せず、コリンダーは健全にすくすくと育ってくれた。

 

 秋月は、自宅のデスクで、机に向かって一心に感情整理しているコリンダーの作業をよく手伝った。

「これは……悲しい?」

「うん、そうだね」

「じゃあ、これは、うれしい」

「そうだね」

「この作業はうれしい」

「そこは、楽しい、じゃないかしら。どっちがふさわしいと思う?」

 

 そんな風に夫婦そろって机に向かう時間は、短かった。

 だからこそかけがえのない宝物だった。

 感情自律AIの成長は早い。情緒は人間の数倍の速さで成長する。

 初期からプロジェクトにかかわっていた秋月には、知識としてはわかっていたことではある。

 それでもコリンダーが19歳になって仕事を開始する際は、信じられない気がしてうろたえたものだった。


 そんな秋月だったが、一度だけ、コリンダーの行動に本気で肝を冷やしたことがある。

 その日、秋月は電車に乗って研究機関へ行くコリンダーにお弁当を持たせて、玄関先で手を振った。

 6月の紫陽花の綺麗な、蒸し暑い日だった。

 しかし、数時間もしないうちに、1本の電話が鳴った。

 コリンダーの、常では考えられないような焦ったトーンの声である。

 慌てて開発途中のツールを全停止して向かうと、駅の休憩室でうなだれるコリンダーと駅員が見つけて慌てて声をかけた。

 事情を聞けば、電車の中で痴漢の被害に見舞われていた女性を助けたとのことだった。

「それはいいんですが……加害者を殴ったとのことでして……。この……彼女がアンドロイドだということに、どうも気づかれたみたいでしてね。相手が被害届けを出すと息巻いてまして……」

 秋月は目を見開いて駅員の話を聞いていた。

 コリンダーはひと言も喋らず、ただ秋月の方をみて一度頷いた。

 

 秋月も口は挟まず、静かに事務処理を行って帰宅の途へとついた。

 帰り道。

「小声が聞こえました……助けてって……」

 コリンダーがぽつりぽつりとしゃべってくれたことには、最初は知り合いかと思ったらしい。空いている車両で不自然に密着していた男をなんとはなく見ていたところ、助けを求められ、声をかけたら相手が暴れ始めたらしい。

「つい……突き飛ばしました。あんなに吹き飛ぶものなんですね」とコリンダーが自分の手を見つめながらぽつりとつぶやく。

 身体操作の訓練は十分に行っていた。しかし、そこに感情が乗ると、どうも加減が分からなくなったらしい。

「……今日は、疲れたろう、少し休んでゆっくりしてから、事情を聞こう。」秋月がゆっくりと口を開く。「任せなさい。問題ないよ」

 そう、力強く呟いてコリンダーの背中をぽんと叩いた。


 次の日、AI研究所は騒然としていた。

 筆頭株主の日本公社の重役が監査官を連れて朝一番から大会議室を占拠したためである。

「なんだ、まだ監査の時期じゃないぞ」

「どうもAIが暴力沙汰起こしたらしい」

「ひえ、世論も敏感な時期だし、えらい剣幕だったからな、揉めるぞ」

「俺の頑張って取った会議室……」

 朝から、研究所所長のヘンリーが会議室に詰めていた。

 会議室からは始め、大きな声で言い争うような声が聞こえてきていた。周囲が、心配したようにチラチラと見つめていた。しかし2時間ほど経った後、鼻息を荒くした一団が追加でやってきた。

 やってきた男たちは額に汗を浮かべながら小走りで会議室になだれ込み、ドアを荒く締めた。


 周囲が呆れたような視線を投げかける中、どうしたことか、部屋は奇妙に静かになった。

 

 昼過ぎになって、会議室から疲れた顔をして出てきたのは相手をしていたヘンリーだった。

 ヘンリーは、壁にもたれかかって居眠りしている秋月を見てはじめ目を丸くしたが、たちまち苦い顔になった。

「ったく、やってくれたなアッキー」と本人が嫌っている愛称で意地悪く呼びかける。

 目を覚ました秋月はにやりと人の悪い笑みを浮かべた。

「相変わらず先輩に対する礼儀なってまへんな。奥さんに、由紀子さんにチクるで」

 ヘンリーはその秋月の鼻先に、先ほど男たちが置いていったコピーを突きつけた。

 雑誌の1ページのコピーで、「AI研究所のアンドロイドお手柄。痴漢撃退」と見出しが大きく載っている。


「……週刊誌3冊分ある。どんだけバラまいたんだ?」

 先ほどの騒ぎが丸く収束した原因であるだろう雑誌のコピーを顔を近づけてみた後、秋月はにやりとした。

「金なんてもんはこういう時のために貯めとくもんや」

 

 ヘンリーは苦く笑った。

 いたずら小僧のように目を輝かせて笑う秋月。その表情に、そうだ、こういう男だったな、と思い出す。

 

 飄々とした風貌に騙されて油断すると全てひっくり返される。

 

 だが。

「今回は、悪くない」

 

 言うヘンリーに今度は秋月が苦笑する。

 ふと、秋月の胸元を指差してヘンリーが口を開いた。

「いつもだらしない白衣を着てるあんたが珍しいな。……そういう覚悟の取り方は、感心せん」

「正直、間に合うかどうかは賭けだったよ。だから、いつでも次の手は用意しとくもんだ、勝負師ってやつはな」

 ヘンリーは「研究員が勝負師もあるかよ」と悪態をついたが言葉とは裏腹に、満足そうな表情で片手を上げた。

 秋月も拳をあげる。

 頭上で1回。交わすやいやな、2人はさっさと自分の業務に戻った。

 

 * * *

 

 秋月は、コリンダーが精神年齢20になった日こんな言葉を彼女に言った。

「コリンダー、もう大人だから、君が酒を飲んでベロベロになろうが、付き合ってみても、振られてみても自由だよ。けどこれだけは覚えといてくれ。君がしんどくなってつらくなって万一死にたくなるような事があったらまず私達に教えて欲しい。永遠に大切な娘よ。20歳おめでとう」

 

 それを言った瞬間、彼はこらえきれずに大泣きしてしまった。

 呆れたコリンダーに「おとうさん、数百メートル先のアパートに一人暮らしするだけだから……」と背中をさすられている。


 今でもたまに、周囲を――とりわけヒロユキの言動をチェックして険しい顔をして言及する秋月が観測されている。

 本人は「過干渉ではない。業務上必要な確認だ」と主張している。

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