第38話 皆まで聞かない
「住所を装って、管理社員として堂々とPCを新規払い出しさせるとか、やべえやつだな」
ヒロユキはそう言いながら、手でぱたぱたと自分を扇いだ。
「日本の『住所があれば安全』って思い込み、そこを突いてる。住所神話をクリティカルに刺してきてる。普通に怖い」
夏の終わりとはいえ、まだまだ暑い日もある。
ザーッと強い風が吹いて、コリンダーのかぶっていた帽子を飛ばしてしまう。ヒロユキが帽子を器用にキャッチするが、「風強いから、たぶんまた飛ぶぞ。持っとくな」と洋服のポケットに入れる。
それをずっと見ていたコリンダーは、駅の方へ歩いていく彼の背中を見たまま、動けなくなった。
ヒロユキが戻ってきて「どうした?」と慎重に問う。
ヒロユキはそのまま無言で木のベンチに腰掛け、ペットボトルの水を取り出した。
コリンダーも隣に座る。
「……知ってます。あなたの癖。守ろうとするほどに、背負い込む。それ、好きじゃない」
ヒロユキはわずかに肩をすくめた。
「……見くびんなよ。おれだって知ってるよ。コリンダーの癖。気づいてしまうほど、隠そうとするほど、嘘が下手になる」
コリンダーの瞳が揺れる。
「だって、自分でも、気づいてたろ。ログのポート番号」
ヒロユキの瞳がわずかに緩む。
「……お前は嘘ついてた。でも理由も知ってるよ。真面目だもんな」
コリンダーは、ついに目を伏せてしまった。
「でもなぁ。お前に嘘つかせたのは、俺が悪い。信じてもらえないって、思わせた」
ヒロユキは瞳を覗き込むように少しだけ顔を下げる。
「あなたの、背負ってるものを、一緒に……」
それ以上はうまく言葉にならなかった。
顔を上げたコリンダーの瞳は、もう水がいっぱいに溜まっていて、こぼれる寸前で、ヒロユキははっとする。
――めちゃくちゃ、目が大きいのな……。
泣きそうな顔を見ているのが苦しくて、そんな場違いなことを考えた。
目を細めて、コリンダーの目元を右手で隠すと、ゆっくり唇を重ねる。
皆まで聞かない、とでも言うように。
羽根のように軽い沈黙のあと。
コリンダーは額を重ねて、言った。
「……あなたは、優しすぎるから」
今にも泣き出しそうなのに微笑むその顔が、あんまり綺麗でヒロユキは言葉を忘れてただぼんやりと、コリンダーの顔を見た。
かちり、と頭の中で鍵がはまったような音がする。
気づいてしまった。
もう、離れられない。
その時、二人はまだ知らない。
その選択が、二人の運命を決めてしまったことを。
ここまで読んでくださってありがとうございました!
現在、改稿版を準備しており、将来的には賞への応募も考えています。
本編もここまでで約2/3が終了しました!このまま8月まで走りきる予定です。
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