第34話 助けを求める信号
ざわつくオフィスのデスクで、だらりと足を机に投げ出してアンバーが休憩を取っている。
前日から働きづめで、今日で六連勤!
「AI法に違反する勤務体制です……」
弱々しくつぶやくが、隣にいるアリスはすでに十二連勤目なわけで、その文句にもキレがない。
「仕方ないねぇ。エンダー多いんだよね」
ここ数か月はエンダー祭りのようにエンダーが多くて、ハンター達はてんてこ舞いの様相だ。
特にアンバーはエネルギー値が高い関係で、もともと稼働範囲が広く、オーバーワーク気味だった。
そこにきて代替AIのフェベリンと、さらに特殊回線のAIが退職してしまったので、残るAI達に任務が集中したのだ。
「なので、自分のお膝元の一般緊急回線18番のケアがおろそかになってました……と」
アリスがしかめっ面をして言い放つ。
そう、本日はアンバーの保守する一般緊急回線18番および裏で稼働するテスト回線のメンテナンス日である。
「ルート130番、クリア。ルート131番、監視継続……」
ざわつくオフィスを離れ、二人はサーバ室脇のメンテナンスデスクに移動していた。
ところ狭しとモニターが並べられた狭苦しいデスクである。
アンバーが読み上げ報告する記録をアリスが分析にかけていく。
「監視帯域が230か。ま、少なくはない数字。だけど、大きく崩れてる区画はないみたいね」
アリスはふっと一息つく。最近は難しい任務が多すぎた。アンバーの記憶が戻らないことはもう諦めたが。
「さすがにちょっと疲れちゃった。休んでく……」
いいかけたが途中で止まる。
「……そこ、遅延してんね」
アリスの指さす先にはエンダーの赤い点とは別の黒い塊のような円があった。
素早く解析機の設定を変えて確認しやすくする。確かに遅延を示す情報が載っている。
まあ、この程度なら、自動修正で自然に治るかな、と気安そうにつぶやいたアリスは隣の部屋に行こうと席を立ちかけた。
「これ……」
つぶやいて次の言葉の出てこないアンバーに、アリスの足が止まる。
「どうしたの?」
「テスト回線と本線が……混ざってる」
え、と見やると確かにテスト回線を指す識別子がところどころある。
「しかもこれ、救難信号ですよ」
えーとアリスが声を出す。
「それはちょっと困るね。この区画だけ?」
2人して困惑する。
遅延があまり多くなりすぎると回線が混雑してしまう。
「今のところ、少しの遅延、か。今のうちにテスト回線のパケットを取り除いておきましょう」
パネル操作していたアンバーの視線が迷うように揺らぐ。一瞬アリスの方を向きかけるが、その揺らぎはギリギリ画面内にとどまった。
「漏れてる原因の解析が済めば分かるんだろうけどさ。ちょっと時間かかりそう」
すでに別の解析機に手をかけているアリスがのんびりと言う。
「大丈夫。それまでは私の方で選り分けておきますね。ええと、これと、これ、あとこれが本線です。他はテスト回線。解析機に掛けてください」
ゆっくりと、しかし確実に『偽物』と『本物』を選り分けていくアンバーに、アリスが目を丸くする。
「……どうして見分けがつくの?」
問いにアンバーは、視線を一瞬だけアリスに向けるとすぐ画面に戻し少しだけ頬を緩めた。
「……助けを求める信号は、なんとなく。一応回線監視AIなので」
もう画面から目を離さないアンバーの横顔をじいっと見つめてアリスは思う。
アンバーが回線AIに就任してからずいぶんいろんなことを教えた。
3歩進んで2歩下がる……とまでは言わないが、それなりに大変だった。
それはもともと戦艦としての戦闘用にクリアにされていた頭脳を作り変えるような作業だった。
なのでアンバーのせいではないのだが。
それなりに大変だった。
しかし、そんな日々の中で彼の本質は、守ることなのだとアリスは気づいていた。
何かを守る、助ける――その点においては他のどの回線AIよりもはるかに勘がよく、手早い。
落ち着いてさえいれば、やることはやれるんだよね。
とアリスは一人にっこり微笑む。
画面の前のアンバーは時折考えこむように瞬きを停止している。
判断の難しいパケットに出会ったことに気づいたのだ。
アリスは簡易解析機を持ってきて補助しようと思ったが、途中で思い直してその手を止め、解析機を机の奥にしまった。
その代わり「やるじゃんね。頑張って」と声をかけて彼の選り分けたパケットの解析に専念することにした。
見守る。
長らくアリスにはそれが分からなかった。
あのとき、ずっと昔。
いじめられていたアリスを即座に助けたアンバーをしかりつけたとき、自分は確かにそれを望んでいたはずなのに。
アンバーにはもちろん、アリス自身にだってよくわかってなかったのだ。
「ようやく分かってきたかな」
アリスは一人つぶやく。
そばで見つめる。それは「信頼」という確かな土台が無ければ成立しないものだったのだ。
今は、それがある。
ふと、アリスはアンバーの横顔に顔を近づける。
そのまま頬にキスした。
「お遊び」といい放って笑うアリス。昔からよくした遊びだったが、アンバーが覚えてないならどう反応するかつい気になってしまったのだ。
ん?と一瞬戸惑ったアンバーはパソコンから目を離し、にこりと笑った。
それから、顔を近づけてきたアリスの首にそっと手を添え、反対の頬に、する、とキスを返した。
「……ありゃ。進化してる」
ふふふ、とアンバーはひどく得意げだ。
戸惑いからの立ち直りが早いことにアリスの方が戸惑ってしまったが、その褒められた犬のような満面の笑みを見ているうちに、自然と笑みがこぼれた。
横目でちら、とそれを見て、すぐに視線をパソコンに戻そうとしたアンバーだが……。
「いてて……なんか頭が……痛いです」
急にちり、と襲った痛みにアンバーが額を押さえる。
やがて、パソコンから手を離して両手を宙に浮かせると、まるで古い記録と現在の動作を照合するように、指をバラバラに宙で動かした。
次に、かがんでデスクの引き出しを開けたり閉めたりして……遂に両手で顔を覆ってうん、と一つ頷く。
「……思い出したみたいです。アリス」
え?と怪訝そうな顔をしたアリスだが、徐々にポカンと口を開けて固まってしまった。
「……まじ?」
「まじです……」
「……全部?」
「多分……」
なーによそれー!?とアリスが机につっぷして、うなだれる。
ピー、と解析機から音が鳴った。解析完了の合図だ。
それを雑に手で押さえて、アリスはため息をつく。まったく想定外の連続だ。
「私達ってどうなってんのよ。記憶がなくなっても騒ぎもしなきゃ、いつもと同じように喧嘩して、あげく何のトリガーもなく治るの……そう、ドラマがないわ……」
「うーん……」
とそれを聞いたアンバーは立ち上がって伸びをする。
「ないことも、ないかと。ドラマ」
え?と聞き返すアリスにいたずらに笑うアンバー。
「だってお姫様のキスですよ。記憶戻ったの」
えー、とそれでもアリスはちょっとだけ不満そうだ。
「……もう。私も早く良い人見つけるわ……」
「私も欲しいなぁ。好みの彼女」
二人とも言いたい放題である。
アンバーがピタリと笑いをやめる。
「まぁ、彼女ができてもこんな調子だったら、非常にまずいですよね」
「……うーん。修羅場なるかもねぇ」
解析が終わっても二人の笑いはいつまでもいつまでもサーバ室に響いていた。




