第3話 カンティーナとの邂逅―前
違法企業……ねぇ。
日々の業務にゃ関係ない話よ。
伝送路をエンダーから守ること。そしてひいては通信の流れを停めないこと。
そして……人を死なせないこと。
もう、無為に人が死ぬのを見るのは嫌なんだ。
本気でヒロユキはそう思っていた。この時点では。
研究所所長のヘンリーにそっくりそのまま報告したので、義務は果たした。その話は綺麗さっぱり忘れることにした。
ヒロユキの脳は、彼的な「どうでもいいこと」を忘れることにかけては超一級品だ。
* * *
ところで、電脳空間の中でも、彼らの仕事場の「伝送路」は特別に迷路めいた作りになっている。
生活空間にはない細道や袋小路、意味のない抜け道。
しばらくすると、統合され消失する道も多く、実はハンターでも迷子が後を絶たない。
さすがに上級ハンターは「戻れませぇん……」と緊急通信で助けを呼ぶものはいない。しかし、初級ハンターは実にトータル二回くらいは、迷子を経験しているらしい。
空は大抵どんよりした鉛色。外では紅葉が見ごろな季節なのに、電脳空間には緑は一つもない。
「まぁ、噂によると、天候があるところも、あるらしい」
ヒロユキとコリンダーは、今、伝送路の中でも特別地帯である「境界領域」に来ているのだ。
――天候?「仮想天候」なら、生活空間にありますよね。
コリンダーからの思念会話が入る。声を出さずとも、ボディがなくとも会話ができる。電脳空間は便利だ。
「違う違う、そんなおもちゃじゃなくて。本物の天候。電磁ノイズと人の「思念」が干渉し合って混じって、自然に雨が降ったり雷が鳴ったりするらしい」
ヒロユキが冗談めかして言う。怪異めいたものが得意ではないコリンダーは及び腰だ。
――し……思念が混じる?
「とはいえ、今回はただの境界領域の警戒だし?かち合うことも無かろうよ」
違法通信路の警戒と封鎖。最近活発なので、念のためだという。
ヒロユキが退屈そうにため息をついて愚痴る。
「最近はまじで9割9分これ……。見回り、監視、たまぁにエンダーの討伐。もっと派手なドンパチ、ねぇのかよ。さすがに俺も「電脳ハンター」って何だっけ?って思い始めてきた」
コリンダーが笑いをかみ殺している。
今は思念体のみのため、サークレット通信機には「www」という文字が連なるだけだが。
――この間の必殺技訓練、どうなりました?
コリンダーの思念会話に、これ幸いとコリンダーの「ボディ具現化要請」を出して、コリンダーのボディを隣に出す。
退屈過ぎて、会話をしたいのだ。
「コリンダーちゃん、いらっしゃーい」
もう、子供っぽいんだから……。
最近ちょいちょい呼び出される。……と、ちょっとため息をつきつつコリンダーが隣に現れる。
「そうそう、必殺技な、ついに完成しました!」
いやー、仮想訓練場借りてよかった、とヒロユキはにんまり笑う。
まず、パケットの攻撃が来るだろ……?と言いかけたそのとき。
「……マスター、そこ、空間が歪んでません?」
「へっ?」
ヒロユキの右側から先、伝送路に横穴が空いている。
境界領域は侵食されやすいので自然穴かもしれないが……。
「おっともしかして違法回線に引っかかったかも?コリンダー、解析頼む」
(承知です。マイマスター。汚染スピードが早い。広域解析に、合わせて封鎖もかけます)
汚染とは妨害プログラムやノイズが広がることだ。自然発生の場合も……そうでない場合も、ある。
そのとたん、電磁シールドにノイズが走る。
「まずい。マスター、エンダーです。悪魔番号2895番ですね。セッション層のエンダーとは……珍しい。封鎖を中断、先に撃滅しますか?」
そのエンダーは、光の玉のようなフォルムでふらふらと宙をさまよう。
ふーらふらと、緩やかに浮く小さな灯りにしばし見とれていたら……。
しゅん……ガツッ!
風を切る音がして、突然ヒロユキの頭に突進してきた。
「あだー!」
「マスター!」
ヒロユキは頭を押さえてうずくまる。
「やっべぇ……。え?サークレット……」
ヒロユキの通信用サークレットが光の玉の端に引っかかっている。取られた。
「あいつサークレット持っていきやがった!追うぞ!」
誘われるように封鎖予定領域の奥へ入る。
「なんだこれ。誘導灯じゃない……」
青く光る電灯が一定感覚で付いている。
人工的なもの、自然孔じゃないな……。
時折レイヤ3のエンダーが現れ、倒すと青い電灯が、ぼっ、と音を立てて火柱を立てる。
「あの電灯。エンダーの消滅に反応してる?」
奇妙な空間だ。パケットノイズが見えることから伝送路には間違いないのだが……。
「どこまで続いている……?ずっとこのライトが……見えないところまであるな……先がかなり深い」
コリンダー物質化したの、失敗したかな……。
サークレットがないと思念に戻せないので、ヒロユキは独りごちる。
「つか、この穴、妙に人工物っぽいんだよな……」
「おっと、何があるかわかんね。先に行かないでくれ。俺の後ろに」
ヒロユキはごく自然な動作でコリンダーの肩を引いて自分の後ろに下げさせる。
コリンダーは「えっ」と声を出して不満を言いかける。
でも、その前に彼の横顔を見てしまい黙った。
その遠くを見つめる目を。
まるで自分の知らない青年と対峙しているように思えてしまう錯覚。
その一瞬、胸がざわついて言葉をのみ込んでしまったのだ。
否、本当はもっと強烈で、少しの間呼吸を忘れた。
……知らない青年?……まさか。
自分のマスターなのに。
……そんなわけないですね。
そう結論付けて、コリンダーは言いかけて止まった言葉を、無理やり呼び戻した。
ヒロユキの隣に並び立つ。
「……遠視は私の方が……いえ、私がいきます」
「おいおい、男にいい恰好させろよ、こういうときは」
言われてコリンダーが「む」と口をとがらせる。いつもの調子が戻ってきてほっとした。
「サークレット奪われたくせに……」
か。ち。ん。
即座にヒロユキの言葉の調子が、依頼から命令へと切り替わる。
「あんな、サークレットなんか、なくたって探査はできんの。こっから先は封鎖領域の調査!ハンターの基本は人間主体!」
一瞬の沈黙のあと、コリンダーは大げさに目をまん丸にした。だが、抵抗はしない。
ため息をついて、一言。
「どうぞ『マスター』」
もう……最近こういうの多い……。
少し不満に思うが、ひとまず先に進むのが肝要だ。
気を取り直して足早に進む。
さらりとした床に、靴の先がこすれて、きゅ、と不自然な音を出した。




